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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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吉原での喧嘩沙汰

 おれが隠居する前年の事。吉原で火事があり、諸方へ仮の住まいが建った。

 その時、山之宿町の佐野槌屋、その二階で熊というのと大喧嘩をした。熊は橋場の銭座(注1)の息子だ。

 喧嘩は銭座の手代が二、三人来て熊を連れ帰り、終わったかに見えた。しかし少し時が過ぎると、三十人ばかりが長鉤を持って佐野槌屋を取り囲んだ。

 おれは着物を脱いで襦袢一つ、高股立ち(注2)で飛び出した。叩き合いをして、三度も二、三町先まで追い返した。


 喧嘩は大勢の人が出て止めるから引き分けとなったが、そのため山之宿町の女郎屋一同、客を送るばばあやかかあまでおれの顔を知った。それでおれを避け避けいくから、間違いも起こらない。


 その時分は、腰に二尺五寸の太刀を差していた。

 山之宿町の女郎屋は三日ほど戸を閉めた。だが、事なく済んだ。

 その他にも所変わって喧嘩が幾度もあったけれど、大概忘れた。


 浅草の市へ出かけた時の事。同道したのは多羅尾七郎三郎に男谷忠次郎、その他に五、六人がいたか。

 おれの腰には二尺八寸、犬招き(注3)のついた関の刀が下がっていた。


 多羅尾の急な誘いでその市に出向いたから、袴ははいていなかった。雷門の内では混み合うから、刀が股座に入りこみ、歩きにくい。

 そんな中を押し合って行くと、侍が多羅尾の頭を山椒の擂り粉木でぶったから、おれは人波に押されながらそいつの羽織を押さえた。

 そいつの擂り粉木が今度はおれの肩を打ったから、刀を抜いてやろうとしたら、鐺がつっかえた。

「片っ端から切り倒す!」

 大声を上げると通りの者はばっと散ったから、抜き打ちざまに逃げるその男に切り浴びせた。

 しかし間合いが遠くって、切っ先が男の背筋を下まで切って終わった。帯が切れて、大小も懐中の物も残らず落として男は逃げた。

 そうすると次は伝法院の辻番から棒を持った役人が一人出てきたから、二、三回刀を振り回してやった。往来の者は散って半町ばかり距離を取る。

 おれは男が落とした大小と鼻紙入れ(注4)を拾って、辻番の建屋に投げ込んだ。


 それからすぐ奥山へ行った。

 男を切るのに、やっと切っ先が一寸余りかかったと思う。大勢が混み合っている時には、長い刀も良し悪しだと思った。

 頭を殴られた多羅尾は、禿げ頭だから傷が出来ていた。


 それから段々と喧嘩をしながら両国橋まで行った。その晩は外に出る仕事が何もなかったから、そのまま家に帰った。


【注釈】

注1 … 銭を鋳造する組織。

注2 … 動きやすいように袴の裾を持ち上げまとめた姿。

注3 … 刀の鐺、鞘の先端に革紐を通して垂らしたもの。

注4 … 鼻紙、とあるが鼻紙ばかりが入っているわけではなく、金や薬なども入れて懐にしまう小物入れのこと。紙入れ。


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