女難剣難
おれが山口へいた間の事だが、ある女に惚れて困った事があった。
それを知ったおれの女房が言う。
「その女を貰ってやろう」
ならば頼んだらば、女房は続けて「私に暇をくれ」と言う。
「何故だ?」
「私はその女の家を参って、必ず女を貰います。しかしそれでは武家の体面が悪いから、私が死んで女を貰います」
おれの問いに女房が言った。
その時、短刀を女房に渡した。
「今晩参って、きっと連れてくる」
女房がそこまで言うから、おれは外へ遊びに行った。
出先で南平に会ったから話していると、「勝様に厳しい女難の相が出ている。心当たりはないか?」と南平が尋ねる。なので先程した女房との会話について話した。
「それはよくなすったな」
そう言われ、南平と別れた。
その後、関川讃岐という仲の良い易者(注1)の近所に来たから、通りがかりついでに寄った。
「あなた、これは大変だ! とにかく上がれ」
関川がそう言うから上がったらば、こいつも女難の相だと言ってくる。
「今晩、剣難があると出ている。大勢が怪我をするだろう。心当たりはないか?」
尋ねられるから、おれは事の始めから話したらば、関川は肝を潰した。それから段々と親切に意見をしてくれる。
「あなたの女房は貞実(注2)だ。これからは情けをかけてやれ」
そんな風に色々と言われるから、おれも考えてみる。考えたらば、今回の件はおれの心得違いだ。
家へ飛んで帰ったら、もう夕刻。女房は隠居に娘を抱かせて男谷の本家にやり、書き置きをして家を出る所だった。
おれはなんとかして女房を引き止め、その日は何事もなく済んだ。思い返せばこれまでも、度々女房に助けられたものだ。
それからは女房に情けをかけるようしたが、それまでは女房がおれに叩かれぬ日は一日もなかった。この四、五年でにわかに病気味になったのも、そのせいかもしれない。
そう思うから、これからは女房を隠居様のように敬って大切にする。
【注釈】
注1 … 占い師。
注2 … 節操があり誠実であること。




