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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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百姓相手の大芝居

 それから、家来衆には今晩行われる狂言について言い含めた。

 喜三郎を呼んで、床の間へ白椿を活けさせる。彼是していると、七つ半(注1)になっていた。

 村方の一同は代官の所へ集まり、料理も出来た。一同を座敷へ呼んで、

「今日は喜び事があって皆を残らず招いたが、よく一同揃って来てくれた。かたじけない。今日は遠慮なく、自分の家のようにくつろいで、酒もたんと呑んでくれ」

 おれはそうやって音頭を取り、一同へ盃を順々に注いだ。

「隠し芸のある者は何でもするがいい」

 声にして、おれは昔吉原を冷やかした時分に覚えたはやり歌を聞かしてやった。

「今日は無礼講だ。上下なくうちとけるがいい」

 そうやって酒を呑ませると、金の話をしている時とは違って、一同喜んでいた。

 次第に草謡(注2)やら色々と出てきて、酔いも段々と回る。

「そろそろ湯漬け(注3)でも食うがいい」

 一同は出来た湯漬けを食い仕舞いにして、酒宴の礼を述べて次の間へ引いていく。

 かねてより言いつけた通り、中間が庭に水を張った手桶三杯を汲んできたので、おれはそれを浴びた。白無垢を身につけ、その上に時服(注4)を着る。座敷の真ん中に布団を重ねて敷き、燭台を二つ左右に並べると、おれは布団の中で上に座って言った。

「新右衛門を始め村方の者へも申し渡す事があるから、座敷に出るように」

 言われた一同は、「酔っ払っているから、明日改めてお聞きしたいのですが」と言う。

「明日はかねて大阪へ参る約束があるから、それから四、五日は留守にする。一同集まっているというのは幸いだから、皆々腹を改めて地頭の口達を聞くがいい」

 おれの言葉に、みんなようようと座敷に出てきた。

 次の間から喜三郎が「一同揃いました」と言ったから、おれと一同の間のから襖を開けさせた。その時一同が平伏していた。

「話というのは他でもない、先月より出ている孫一郎の所の丈助の一件についてだ。それについて金の用立てを申し渡した所、その方共は一同で談合して下知の趣をききいれず、命名各々の身の用心ばかりしている。一向話を聞かず、地頭の事など己とは無関係とする態度は不届きの至り。これによっては今回の金談は相断る事になるから、左様に心得よ」

 おれが言うと、一同は有難き事と言葉を受け取った。

「此度はそちらの地頭にどうしようもない事情があると頼まれたから、病身をしのいで大坂まで足を運んだ。そんなおれの何分頼むの一言を、そちら方はそれらの事情を鑑みないで、今まで訪れた用人の言葉同様にわざと取り合わなかった。これは不敬千万と言っていい。その上に、そちら方はこちらに向かって竹槍三昧で脅しつけるなど、これは何を思ってこんな扱いに及んだのか? その仔細を聞こう。返答次第ではすぐに堀伊賀守に相談し、明日にでも糾明するから挨拶に及べ」

 そう続けると、一同は答えもなく平伏するだけだ。

「今回の一件、私共は幾重にも心得違いをいたしました。何卒、ご慈悲をもってお許しください」

 言い訳もできず、一同が涙して詫びるから、「それほどまで言うなら、愚かな百姓共のやった事と許す事にする」とおれが言う。

「今までの無礼を恐れ入ると言うのなら、それは許して遣わす。それにつけて、代官をはじめ村役人達に別段の頼みがある。聞き届けてくれないか?」

 おれが頼むと、一同は「私共は罰を受ける所を助けていただいた身。あなた様の頼みであれば、この身相応にお受けいたします」と答えた。

「さて、おれが頼みたい事は他でもない。孫一郎の件だ。

 今回の一件については先だってから説明する通り、江戸では太田備中守殿をはじめ番頭も親類も残らず寄り集まった大騒動だから、今ここで言うより大事で一同心配している。

 しかし丈助が身を投げ打って掛合いに挑んでいるから、簡単には片づかず、評定所で裁きを受けるかと言う所にまできている。

 それは忍びないとこの夢酔が先々の一件を預かって、解決させようと奔走したが、そのための金子の用意が出来ない。

 だから大坂まで登ってそちら方へ相談したのだが、孫一郎の借金は莫大だから、迷惑だったのだろう。その方らが迷惑がる理屈もわかる。

 しかしその方共は岡野江雪以来この土地へ住んで、今の地頭だけではなく、代々の地頭にも多大な恩があるとおれは思うぞ。

 地頭の家名に関わるほどの大事を見捨てるのは、禽獣にも劣るとおれは思うから、おれは話を仲介したのだ。

 また、千両や二千両の金はおれが大坂奉行に頼めば、今すぐにでも用意できるのは知れている。だがそれでは江雪斎が土地を拝領した意味があるまい。

 孫一郎の家名に関わる一大事に、おれが他から借りた金で家を立てたとあっては外聞が宜しくないという訳だ。第一、祖先への不孝をして民が従わぬからなどと世間に流布されれば、身を立てて家を興す事も出来まい。

 そんな事では朋友へも顔向け出来ないだろうから、そちら方が一同で主人を助ける功を立てさせようと思ったのだ。主従安堵して一同義心の現れとして助ければ、世間の誹りもなかろうと思っていたのに、金の都合は出来ない。ともなれば夢酔の志は無になった。

 ここまでやって何事もなさぬでは江戸に帰れないから、今晩自殺して江戸に申し訳を立てる。代官や村役人へ頼みたいのは、各々相談の上付き添って、この夢酔の亡骸をば江戸表の倅へ渡してもらいたい。

 おれが亡き跡の供については、これまで色々と親切に世話を受けたので、かねてより預けておいて金は残らずやる。明日にでもここを去り、好きにするが良い。

 喜三郎は江戸出立からかねがね約定していた通り、大義だろうが今晩は介錯を頼む。その上には帰国して妻子によくよくこの顛末を話してくれよ。

 もはや言い残す事もないから、この上は時服を村役人に預けておく。汚れぬようにしろ」

 啖呵を切って時服を脱ぎ、それを広蓋(注5)へ乗せる。喜三郎におれの刀を渡すと、「これで介錯をしろ」と命じた。

 かねて江戸で拵えて持ってきた首桶を出させると、一同へ「先ほど頼んだ事、よくよく心得よ」と言いつつ脇差を抜いて、切布を巻いた。

「一同、許すから顔を上げよ。顔を上げて、夢酔の自殺をよく見ておけ」

 宣言して、脇差を取り直す。


「恐れながら御免!」

 一同が声を上げて布団側に寄って来るから、喜三郎に「早く打て!」と言って急かす。しかし喜三郎は平伏しているから、「お前には頼まん!」と言って、仕方なく衝立の後に回った。


 そうすると、村方の三、四人が喜三郎に歩み寄る。

「一同が申し上げる事がありますので、この切腹はしばらくお待ちください」

 一同の言葉に、喜三郎は「早く申し上げろ」と言った。

「先だって伺ったお話、かしこまりました。我々が家財道具を売ってでも、金子の用意をお受けいたします」

「最早今となっては、そんな話聞き入れられん!」

 衝立の向こうから、おれは一同の懇願を一蹴する。それでも「なにとぞ御自害は思いとどまり下され」と涙ながらに頼まれたから、刃物を鞘に納めた。

「私が御代官を勤めながら、全く行き届いていなかった。せめて、私の首を切って江戸へ送ってくれ」

 腰を抜かした新右衛門がなんとか出てきて言った。それに対しておれは、

「本日の一件は、一同が私欲にかられて地頭を軽んじたから行った事だ。おれは隠者だから世の中への望みもなく、おれの自害がどう転んでも大勢は助かるだろう。それに丈助だとて夢酔が死んだと聞けば、よもや今回の騒動を手軽く済ますなどしないだろうと思ったからだ」と言った。

「一同共、いよいよとそちらから請うからには、身命に替えてでも調達するという一礼を出せ」

おれが続けて言ったらば、すぐに連名で証を出したから受け取った。


「金子はいつまでにお持ちしましょうか?」

 そう聞かれたので、「明日四つ(注6)まで」と言ってやったら、「かしこまりました」と言って下がって行った。

 最後になお喜三郎が「万一間違いがあれば私が切腹するから、ちゃんとやるんだぞ」と厳しくおどしつけるから、みんな怖がっていた。

 翌日の四つ前、村方共が三方(注7)に乗せて五百五十両を出したから受け取った。残りの五十両については、帰国するまでに江戸の嶋屋(注8)まで届ける約束となった。


「孫一郎様が生活するに毎年三百三十両をご用意していましたが、二百両になりませんか?」

 村方がそう頼んできたのを、「駄目だ。少しも減らしてはならん」とおれは聞き入れなかった。

「ならば、猪山勇八が一昨年から四百両程を横領しているから、当人をよこして下さい。事の仔細を調べたいので。この願いは是非とも聞いていただきたい」

 村方一同の訴えだったから、「用が済んだら、引き渡してやる」と聞き届けた。それに震えた当の勇八郎には、大事にはしないから安心しろと申し聞かせた。

 それからこれまで彼此と敵対したそれぞれに咎を言いつけ、水呑百姓に落とした。江雪以来の古百姓には役を言いつけ、此度金を用意するのに尽力した者は残らず名字を名乗るのを許した。

 代官には居屋敷と荒地一ヶ年九ばかりをやり、それぞれに羽織の裃をやって、夕方にようやく事がすんだ。

「明日は京都見物へいくから、先に人をやって用意をしておけ。その際には江戸から持ってきた道具は、全て持っていくように」

 供に言いつけて支度をさせ、

「いずれにしろ勇八郎はまだ必要だろうから、村方への引き渡しは京都より帰ってからにする。なので、お前も供をせよ」と勇八郎に告げた。

 その晩、皆々が打ち解けて話していると、村方の宇一と源右衛門の両人が願書を持ってやってきた。

 書面の内容は孫一郎が借りた百五十両についての証文で、返済がこの暮になっているとの事。「お前らも年相応に道理をわきまえろ」とはぐらかされたので、次の間に来ていた両人がその内容を申し上げたのだ。


 両人は彼此と言っているから、おれが出て行って、「その書付を見せてみろ」と言った。

 おれは受け取った証文を燭台の火にかざし、読むふりをして焼いてしまった。それをみた両人は顔色を変えてぐずぐずいっていたから、

「おれがした事に彼此というのはどういう心得だ! お前ら二人は村方の中でも特におれに刃向かっただろう。それを格別の温情で勘弁してやったのに、不届きのやつだ」と脅したら、両人は大いに怖がった。

「この証文はこの夢酔が貰っておく」

 おれが立って座敷に入ると、両人は恐れ入りましたと早々に帰ったから、結局百五十両は一言でうやむやになってしまった。なんでも人は勢いが肝心だと思った。


【注釈】

注1 … 午後5時頃。

注2 … 節をつけた歌。

注3 … 熱いお湯をかけて食べるご飯。お茶漬けの原型。

注4 … 将軍・幕府より大名や旗本が賜る綿入りの小袖。

注5 … 四角い形をした器。

注6 … 午前10時頃。

注7 … 神に供物をする際に使用する台。

注8 … 現在の日本橋と宝町の中間にあった飛脚問屋。


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