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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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大川丈助の一件

 この前年、地主の孫一郎の身上が段々と悪くなっていた。おれがやつの奥方を世話して貰えるよう手配した時は、知行所(注1)で相談して必要な人員は百姓で賄ったから、何も困らなかった。

 しかし追々と当主が酒をやるようになり、段々と家計の取り締まりもみだらになって、奥にまで町人が直に上がり込みんで酒の相手をするようになった。とこういう訳である。

 叔父の仙之助は色々と当主を騙して大概の品を借りて遊びよるし、親類の倉橋は悪法を使って借り倒す。しまいには近所の米屋の娘を呼び込んで、毎晩乱酒をしよる。

 たて直った家計がたちまちに元通りになってしまったから、仙之助が当主に勧めて、大川丈助というまかない用人を入れた。

 知行の者は大川を入れる事に不承知だから、おれに止めてくれと頼んでくる。舅の権之助も同じように頼むから色々と意見をしたら、挙げ句の果てにおれを追い出そうとしたから、喧嘩になった。

 その喧嘩は孫一郎を謝らせて決着がついたが、丈助めは金五両を仙之助に貸して取り入り、とうとう用人になった。そしてゆくゆく世話をして地主を御番入りさせると言って、三十両をかすめ取った。


 それから色々とつけの取り立てがやって来た。一同が困っていると、またまた仙之助が仕切り、丈助が出てきた。丈助が支払いを勘定したら、一年ばかりの間につけは三百三十九両にもなっていた。


 支払い勘定の帳面を二冊こしらえて、一冊は自らの控えに、もう一冊は旦那へ渡した。しかしその払いが始末できないから、丈助に難癖をつけて追い出そうとした。

 丈助は利口だから、ある晩に孫一郎が酒に酔って寝ている隙をうかがって、一度は渡した帳面を盗んで焼いてしまった。そうなると旦那の方にも証拠がなく、付掛け(注2)ともなんとも言うことが出来ないから、大いに困った。色々と評議はしたけれど、仕方がないからつけは持ち越しとなった。

 一月ばかりたつと、親類が見兼ねて色々と世話をしたが、それでも片付かない。それを聞いた本家の岡野出羽守が家来をよこして、丈助と話し合った。しかしこれも証拠がないから埒があかない。

 曾我又左衛門という伯父が出てきて懸合ったが、同じ事で目鼻がつかない。そうこうしている内に丈助が御老中の太田備後守殿へ駕籠訴(注3)を行ったので、話はいっそう難しくなった。

 駕籠訴を行った丈助は孫一郎へ引き渡しとなったと頭の遠山安芸守から通達があったので、孫一郎は丈助を受け取って長屋に押し込み、番をつけた。


 家来が少なかったから、急に雇った侍を二、三人が村方を大勢呼び出して騒いだ。


 それからまた親類中が寄り集まって、丈助と話をした。丈助は書物もよく読んで弁舌も良く、公辺(注4)にも明るいから少しも屈しなかった。誰も相手になる者がいないから、番頭から相番の御帳懸(注5)を呼んで調べてもらうのだが、皆々言い込められて帰ってしまった。そうこう持て余している内に、また丈助が駕籠訴を行った。

 前と同じく遠山から孫一郎が丈助を引き取り、厳しく番をしていると、今度は丈助の女房が太田殿の所へ駆け込んだ。これも同じように引き取って、玄関の次の間に宅番(注6)を置いて対応した。

 誠に大騒動だった上に、孫一郎の身上も悪い。日々の入りようがないから百姓たちがまごついて、金を借りることばかりにかかりきりだった。


 また頭に頼み、御帳番に来てもらう事になった。以前来てもらったのとは別の者だが、これも丈助にやり込められた。

 幾度と来るたびにしてやられる様子は、まるで丈助にもてあそばれるためにやって来るようだと、みんなが笑った。


 それからまたまた丈助の女房が抜け出して、太田殿の所へ駆け込んだ。

 女房を引き取って、さて番人を増やすやら評議をするやらで大いに忙しくしていると、今度は外に勤めに出ていた丈助の惣領が同じ所へ願い出た。

 これも引き取って宅番をつけると、三ヶ所に宅番を用意する事になる。これでは費用はかかるし始末はしきれず、大忙しのてんてこまいになった。しまいには組頭も病気になってしまった。

 頭の遠山安芸守は太田備後守の屋敷にて、その家来から丈助の倅を引き渡される際、小言を言われた。

「この件は言わば、岡野孫一郎の家来一人の事。御番頭もお勤めなされたというのに、安芸守殿がそのくらいの騒ぎに何日もかけるというのは、お役目にもお似合いにならない事だ。と遠回しに申された」との事。

 その言葉を発した太田備後守も病気になったといって、翌日から屋敷に引きこもった。なのでよその組の本多日向守がこの件を引き継いだが、見張の衆が入れ替わり立ち替わり掛け合ってみても解決せず、親類もあぐねていた。

 事情を知った友達が、「お前は土地を借りて住みながら、それほどの事件を見ているだけとはどういう訳だ?」と聞いてくる。

「それには事情がある。先年より嫁ももらえないような状態だった岡野の身上を、おれが骨を折って食えるようにしてやったんだ。それなのに丈助などを家で抱えると言い出し、あまつさえおれを追い出そうとしたから、けんかをしたんだ。それからはもう少しも構わない事にしたから、いまだに一向知らぬ顔をしている」

 おれはそう答えて、毎日毎日義太夫節(注7)を聞いて歩いた。

 隠居のなぐさみら勝手にするがいいと見られるのをいいことに、家にも帰らず虎の所へばかり止まっていた。

 そうこうしていると番頭があまりにも困ったから、小普請組に入れてなんとかしようとしたのだが、丈助の倅が出奔してしまってまたまた大騒ぎになった。

 御老中方から引き渡された者が出奔したとなれば、幕府に届けて評定所で裁量を受けねばならず、悪くすると家名にも関わる事だ。丈助の方は喜ぶし、孫一郎は心配する。

 じきに日向守に届けると、御張の衆がやって来て色々と大評議をしていた。その時、丈助の係累に三度の食事もやらなかったら、女房(注8)が断乳(注9)の届けを出してきた。

 孫一郎方へ乳が必要な子供を三人ともさしだしてきたから、急に乳母を用意するやらしなければならなくなった。

 御張も色々な事が一度に来て混乱してしまい、その席を立って逃げてしまった。


 その日の夜になって、頭が逃げてしまったのとは別の御張番を二人よこした。

「明日は必ず公儀に届け出る」

 頭が言うから孫一郎の親類が残らず集まって、ちまちまと話し合いをしていた。こんなのは前代未聞の事だ、とおれは思った。


 その日は虎之助がおれの所を訪ねたから、一日中家にいた。

 夕方に丈助が宅番所を抜け出して、門を通ろうとするのを、大勢が出てとどめた。そうすると丈助も刀を抜いて大騒ぎだ。

 それを見た丈助の妻も宅番所を出て駆け出したが、大勢で追っかけて取り押さえ、縄をかけて連れ帰った。

 妻が取り押さえられた事を知った丈助は、「侍の女房に縄をかけた訳を聞こう」と孫一郎宅の玄関へ詰め寄って、やかましく言う。これでは一同話し合いも出来ないし、色々悶着ばかり増える。

 流石にどうしようもなくなったのか、地主の方からおれを呼びに人をよこしたが、おれは「来客中だから行けん」と断った。

 それでも孫一郎の親類が「どうか来てくだされ」と度々家来をよこすから、虎之助を家に置いて出向く事にした。

 到着すると皆々が丈助の事を話して、「どうか良い手立てを考えてもらえませんか?」と頼んでくる。

「初めからこうなると思っていたから、丈助を雇うのはやめろと意見した。しかしそれを聞かずに入れた上、親類と相談して私を追い出そうとした。ならばと先だってより事情は存じておりましたが、相談にも来ないならと知らぬように振舞っていました。今になって頼まれても、私にとって丈助は中々の大敵。掛け合いは出来ませんから、このご相談は御免させてもらう」

 おれがそう言って帰ろうとすると、舅の伊藤権之助が色々と訳を言って頼んでくる。

「そこまで言うなら掛け合って見ましょうが、丈助への返金の金はお渡しなさい」とおれが言ったらば、「そのあてがない」との返事。

「そんな無駄話は私には出来ん」

 おれはそう言ってさっさと帰った。すると家で虎之助が、

「先生は今まで人の事を色々と助けてやった。今度の事は岡野やその親類、はたまた頭まで掛かったが解決せず、明日話が表に出れば大変な騒動になるだろう。これを見捨てては、これまでの義義行いが無駄になるから、この一件もなんとかしてやるといい」と言う。

「隠居してしまった身にはもう必要ない事だ」

「それはそれとして、今回は是非とも孫一郎を救ってやれ」

「そんなら貴様がよく岡野の親類に言い聞かせればよかろうが」

 そう言って、言いおる虎之助を地主の所へやった。

「今度の一件について、一緒に左衛門太郎へ頼んでやるから、何かいい手立てがないか頼んでみろ」

 皆に会った虎之助は、そう言っておれを呼んだ。

「この一件がどうなるかはひとえにあなたの返答次第だから、なんとか穏便に済むようにお願いしたい」

 親類中がそう言うので、おれは「そういう事なら片付けてお目にかけよう」 と挨拶した。

「此度は孫一郎の近親者達が一同に頼んでくるから、丈助の一件は私が取り計らおう。解決手段もここにあるから、取り仕切って治定(注10)と致したいが、日向守殿の思し召しもそれでよろしいか?」

 御張達に会うと、おれはそう言った。御張番としても喜ばしい事なので、

「そのように決着がつけば、頭としても申す事はない。これまで丈助の相手をしたもの達としても大喜びだから、何分お頼みします」と言う。

 おれは諸親類から連名の一礼を取り、孫一郎からも『今回の一件について他からは一切口出しさせません』という証文を取った。さらに『金の話その他は貴様の思し召し次第になさるべく候』と書き付けもした。

 それらが終わると、おれは皆々へ向かって口を開いた。

「丈助の一件について、私が引き受けたからには決して皆様に手をわずらはせず処置しますが、その前に一つ話があります。それは他でもない、丈助の悪巧みについてです。

 今回の丈助の行いは、失礼ながら皆様の思し召しが悪いからだ。一体どうやったらわずかの間に大金を手に入れると思えるのか。もし手に入れたのなら、孫一郎様の身上は良くなるはずなのに、以前通り段々と困窮に陥られている。

 今節にいたり着替え一つないと言うのはどういう訳かわかりませんが、これだけでも丈助のお勤め中の功績が見えぬというものだ。そんな風に全く家中の者に目が行き届いていないから、付懸けをされたのだと私は思います。

 何を言うにしても、控え帳をなくしたのは孫一郎様の御不念ですから、此度は丈助に立替金を返して事をすませようか。はたまた一文もやらずに片付けてしまおうか。思し召し次第でどうにでもなる。

 もっとも、丈助との関係を清算するのには残らず渡しますから、これに大金がかかりますが、それはご承知でございましょう。双方皆様のご挨拶次第でしょう」

 そう言うと、皆が相談して「金勘定をして事を済まそう」と決めた。

「それはかえってやりやすいが、さりとて私はそんな不甲斐ない金をやりたくない」

 おれが言うと、皆が「どうにかして、金をやらずに済むのか?」と聞いてきた。

「それについてはお話できない。これまでは皆様が臆病だから、丈助に色々と恥をかかされたのだ。金をやらずに済む方法を今皆様にお話すれば、すぐに目を回してしまうから、言いません」

 おれの言葉に、皆おかしな顔をしていた。


「まずは皆様がおいでの内に、丈助についてのあれこれを申し聞きます。宅番所についても空けてしまって、子供も丈助に渡して、番人達へは今晩は安心して寝るように言いましょう。皆様も安堵なさって、お酒でも召し上がりませ」

 家内の者に言いつけて、酒を五升出してみんなに飲ませた。その間に丈助と掛け合い、直に納得させて女房子供は長屋へ渡してやった。

 その晩から番人一人で事足りるようになり、親類も御張の衆も数々の礼を言って帰った。地主の一族はこの三、四月の大騒動で上も下も疲れ切っていたのか、翌日はみんな朝寝をした。


 それから丈助を呼んで対談し、双方儀証書を取り交わした。金は十二月十九日に渡す約束に定めて、当分の手当として十五両を先に渡した。これまでの通り、勘定が済むまでは扶持を渡してやったから、何事もなく一日の内に事の片がついた。

 翌日は一日遊びに出かけ、それから孫一郎の所へ出向いたら、家中がみんな喜んであれこれと言いおった。


 それからは金の工面に動いたが、なんにせよ江戸では出来ないから、摂州の知行所へ行くつもりで見ていた。

 そんなおり、孫一郎は久しく丈助の事で入り用続きだったから、今日の手伝いにも差し支え、家中の上下三、四十人が食う米の一升もないという事だった。

 ならばという事で武州の知行所の者を呼んで、十二月までまかないをするように言いつけた。しかしなんと言いつけても、相手はその命を請けない。

 言い分を聞いて段々話を理解し、改めて申し渡す。するとようやく納得してくれて、十二月までの入り用を請け合ってくれた。

 それからまたまた武州の次左衛門という庄屋を呼んで、道中で入り用の四十両を出させた。これは俺が借りた事にし、十二月に返すと約束して十一月九日に江戸を立った。


【注釈】

注1 … 幕府から拝領された土地。領地。

注2 … 帳面の金額を実際より多く書く不正経理。

注3 … 江戸時代の訴状の一形態。通常の司法手続きではなく、有力者が駕籠で移動する時などを狙って、訴状を渡す方法。厳禁とされたが、内容によっては調査が行われた。

注4 … 幕府や公儀。

注5 … 事件の帳面を扱う同心。

注6 … 蟄居中の相手を宅で見張る人。

注7 … 浄瑠璃の一種。

注8 … この場合は妻ではなく、乳母など使用人の女衆を指す。

注9 … 乳母が子供に乳を与えることをやめること。

注10 … 決着をつけること。


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