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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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香取・鹿島詣で

 することがないから、毎日毎日観音や吉原の遊び場を回っていた。そこに虎が「香取・鹿島を参拝しろ」と話を持ってきたから、四月の初めに松平内記の家臣松浦勘次を供に連れて下総から諸々を歩いた。


 道々の他流道場に寄りながら歩いたが、先年に多くの居候共を世話してやったのが徳になって、路銀も使わずに諸々を見てきた。


 銚子にて足が痛くなったから、勘次を約束だった上総房州の方へ送り出し、おれは銚子の広や(注1)から出る舟で江戸に送ってもらった。舟旅だから、行きは歩いた道を帰りは寝ながら家へ帰ったよ。


 それから毎日浄瑠璃を聞き、浅草辺りから下谷辺りを歩いて、楽しんで過ごしていた。

 その頃の五月末だったか六月に、九州から虎の兄弟が江戸にやって来た。おれは毎日そいつの所に通って世話をし、江戸を見せて歩いた。

 虎の兄は金十郎と言い、江戸での生活は万事おれ任せになっていたから、大概はおれの家に泊めた。

 ある日、吉原へ俄(注2)を見に行った晩の事。馬場で喧嘩をして見せたら、金十郎のやつは怖がっていた。金十郎は己が国では暴れ者だった言っていたが、江戸ではつまらない男だった。

 八月末に九州へ帰るからと、川崎まで送って別れた。


【注釈】

注1 … 現在のヤマサ醤油につながる前身。

注2 … 仁輪加踊りのこと。即興の演劇であることから、にわかと呼ばれた。吉原では8月から9月にかけて、芸者たちが仮装して楼閣や路上で演じた。


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