島田虎之介とのつきあい
息子の柔術の相弟子に、島田虎之介という男がいた。当代一、二を争うの剣術遣いだとみんなが恐れ、この癇癪持ちな強気者に男谷の弟子も皆々叩き伏せられた。
虎は浅草の新堀に道場を出していたが、おれは一度も会ったことがないから近づきになろうと、ある日虎の元を訪ねた。
その時おれが思っていたのは、九州者が二、三年前から江戸に居着いたといっても、まだ江戸には慣れていないだろう。それなら一つたまげさせてやろう、という事だった。
緋縮緬の襦袢に洒落た衣類を着て、短い羽織に拍子木の木刀(注1)を一本差して会いに行った。
道場に到着すると内弟子が出て、「何者だ?」と聞いてくるから、「勝の隠居だ」と答えた。すると早速虎が出てきた。
虎は袴をはいておれを座敷に通し、初顔合わせの挨拶をすませた。色々と倅が世話になったと述べて、世間の剣術について話した。
話す内に、虎がおれの身なりをやたらに見て、色々と世上の遊堕者について当てつけのように聞いてくる。かねてより虎の人となりも聞いていたので、おれは一向に構わなかった。
その内に、時刻は七つ(注2)時分になっていた。
「今日は初めて参ったから、なんぞ土産でも持ってこようかと思ったが、そちらの好きなものも知らないから手ぶらで参った。酒は好きか?」
おれが問うと、虎は「呑む」と言う。続けて「甘い物は?」と聞いたら、「それはいい」と答えた。
「それなら、少し苦労をかけるが、今から一緒に浅草辺りまで出よう」
断るのを無理に連れ出し、浅草でまず奥山の女共に挨拶して歩いたら、虎は驚いた顔をして後をついてきた。
「寿司は食うか?」
おれの問いに「好きだ」と返事が来たから、「そんなら面白い所で寿司を食おう」と吉原へ向かった。
吉原の大門を潜ろうとすると、虎は「御免御免」と遠慮する。それを無理に連れて、仲の町のお亀ずしに入って二階へ上がった。間もなく言いつけておいた寿司が出て来たので、二人でそれを食う。
「煙草はやるのか?」
「呑むには呑むが、今は修行中の身だからやめている」
「それは小量(注3)だな。煙草を吸ったからといって、修行が出来ないでもあるまい。世間でお前が豪傑だと言われるから近づいたが、そのような小量では江戸で修行なんぞ出来んな」
おれが言ってやると、「そういう事なら、今日は吸おう」と言うから、店の者に言いつけて煙草入れと煙管を買わせた。
続けて「酒も吞め」と勧めると、同じく断りの挨拶。故にそれも呑ませた。
その内に日も暮れて、そこらに提灯が灯る。折しも桜の季節だから風景もひとしおで、段々と揚屋(注4)の太夫が道中(注5)をする。
二階から眺めさせると、「誠に別世界だ」と虎は余念その様子を見ていた。ならばここからはおれの威勢を見せてやるかと、隅から隅まで力を入れて見せてやると、虎の方もたいそう感心した様子だった。
佐野槌屋に入ると、女郎の器量が一番いいと評判なのを呼んで遊んだ。桜の季節だから客も大勢いて座敷の空きがなかったが、おれの顔で空けさせた。
帰りは翌日だったが、おれは森下で別れて家に帰った。
「吉原であのような振る舞いは中々できるものではないが、どうやって顔を売ったんだろう?」
松平の家来、松浦勘次はその時の様子を不思議に思ってみんなに聞いて回った、とおれに話した。
「おれももう隠居した身だから、吉原へ行っても大丈夫だ」
おれがそう言ったので、男谷の家も安心していたよ。
【注釈】
注1 … 江戸時代では銭を紐で通して持ち歩いた。百文の束が木の棒に見える所から、拍子木とは二百文のこと。
注2 … 午後4時頃。
注3 … 量が少ないと言う意味。転じて、器が小さいことをさす。
注4 … 下級遊女を買った者は一般的にその女郎屋でことを済ませるが、高級遊女を買った客は揚屋と呼ばれる座敷に遊女を呼んだ。
注5 … 太夫は遊女の最上位。彼女らが着飾って練り歩くことを道中と言う。




