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尾張屋亀吉のこと
親類の牧野長門守が、山田奉行から長崎奉行へ転役となったその月のこと。
虎の門外桜田町の尾張屋亀吉という安芸の小差(注1)が、牧野の小差になりたいと、水心子秀世を介して頼んできた。
世話してやろうとおれが言うと、亀吉は金五十両を持ってきた。
「これで牧野様がお好みのものを買ってください」
そう言われたから、おれは牧野の息子に色々買って送った。しかしそれも一日遅くって、小差には別の者がなった。
尾張屋はあてがはずれただろうから、「気の毒だから、残りの金は返す」とおれは言った。すると、
「こういったことは水物にございますから、残りもどうぞお使いください」と言って亀吉が三十両ばかりくれた。
その後、縁のある久世広正が長崎奉行になると聞き、今度こそ世話をしてやろうと思い立った。
呼びにやったらしかし、亀吉はとっくに死んだというから、それきりにしたっけ。
【注釈】
注1 … こざし。大名行列の人足を斡旋する業者。




