切死の覚悟・怖いものなし
おれが思うに、こうも堂々としておれたのは覚悟があったからであろう。これから日本国を歩いて回り、なんぞあったら斬り合って死ぬ覚悟で飛び出したのだから、怖いものはない。
それからずんずん進み、大井川まで来た。大井川は九十六文川になっていた(注1)。
「水戸の急ぎの御用だ。早く通してくれ」
問屋に寄っておれが言うと、すぐに人が出てきて「これは大変だ」とか「播磨様だ」とか慌てぬかしおる。
一人分の渡し賃を払うと、おれは蓮台(注2)に乗せられ、荷物は別の人足が持って川渡しとなった。四人が並んで水をかき分け渡るさまは、中々心持ちが良かった。
それから遠州の掛川の宿場を訪れたが、昔世話をしてやった帯刀は遠州の出だと思い出した。
「雨の宮の神主、中村斎宮の所まで水戸の御祈願のために行きたい。籠を出してくれ」
問屋を訪ねてそう言ったらすぐに籠を出してくれたので、それに乗って森の町という秋葉街道にある宿へ行った。
「旦那は水戸の御使いで、中村様の所へ行かれるのだ」
宿で籠人足がそう説明したら、使用人が一人駆け出して中村を呼びに行ってくれた。程なくして中村親子が迎えに出てきてくれたから、おれも籠から顔をだす。
「どうしてこんな所までお出でで?」
「ここではなんだ。お前の所へ行って詳しく話そう」
帯刀が驚いて聞いてくるから、おれはそう答えた。そして帯刀の家の座敷に通された。そこで親父の斎宮とも話をしたが、斎宮は江戸で帯刀が世話になったと厚く礼を言っておった。
【注釈】
注1 … 当時、大井川を渡るには渡しに金を払って、肩車で向こう岸まで運んでもらうのが一般的だった。渡し賃は水かさによって代わり、一番水が少ない時で四十八文。九十八文川は水かさが増して危険なので、川を渡るのを禁止した川留めを意味する。
注2 … 川を渡る時に使う台。客を乗せたこの台を数人で担ぎ、川を渡る。肩車よりも値がはる。




