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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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二十一歳・再び出奔

 親のくれた刀やらを質に入れ、相弟子にも金を借り、色々やってようやく三両二分の金が出来た。その晩は吉原へ行って、翌日には車坂の井上の稽古場へ行く。そこで剣術道具を一組借りて、そのまま東海道へ駆け出した。


 その日は歩けるだけ歩いて、藤沢に泊まった。朝七つ(注1)にはまた出立し、小田原までたどりつく。

 小田原では以前に世話になった喜平次の家を訪ねたのだが、喜平次も乞食が侍に化けて来たものだから、はじめは不審がった。前に世話になって飛び出した亀だと名乗ったら、ようやく思い出して酒なぞ色々振舞ってくれる。

 そういえばと三百文盗んだことをいいだして、かわりに金を二分二朱(注2)にして返した。返した金の他に酒代を二朱出して、以前一緒に船に乗った野郎共も呼んで酒を呑んだ。今は剣術遣いになったと話して笑ったら、みんなは驚いていた。

「今晩はぜひ泊まっていけ」

 喜平次にそうすすめられたが、江戸からの追っ手がくるといけない。早々に分かれて旅立ち、箱根へ進むことにした。

 喜平次と他に三人ばかりが三枚橋まで見送ってくれ、そこから返してようやく関所までたどり着いた。しかし、手形がない。

 仕方ないから関所の縁側へ行き、剣術修行である旨申し出て、どうにか関所を通してもらえるよう頼むことにした。

「手形を見せろ」

 そう言われたので、俺は言う。

「ご覧の通り、江戸を歩くままの身なりだから、手形には思い至らなかった。稽古先でふと思いついて、修行をしたいと上方にのぼるしだい。雪駄履いた姿のままろくに旅支度もせずに参ったので、なんとか通していただけないか」

 頼み込むと、番頭らしきやつが出てきて、

「御大法によって手形がないものは通さない。しかしそちらの言う通り、修行とあらばしかたないから、特別に通ることを認める。そこのところをよく心得るように」と言った。

 おれは「かたじけない」と応えて関所を越えた。

 一つ難を過ぎて休んでいると、後から商人が関所を過ぎて話しかけてきた。

「私も今関所を通ったんですが、お前様のことを噂しておいででしたよ。今通った侍は飛脚ではないけれど、藩中(注3)でもない。一体どういった御仁だろうと噂しておいででした」

 商人にそう言われ、おれは「それはそのはずだ。おれは殿様(注4)だからな」と言ってやった。


 山中を進んでいる内に日が暮れて、宿引き(注5)が泊まれ泊まれとぬかしていたが、我慢して三島を目指すことにした。

 その日は五月の二十九日(注6)、三島までの四里の間は真っ暗がりで難儀した。雪駄を脱いで腰にはさみ、ようやく三島へついたのは夜の九つ(注7) の時分。

 宿を探して戸を叩き、泊めてもらえるよう頼んだが、「当宿は韮山様(注8)からの御触れで、一人旅の者は泊めぬ」と返ってきた。

 ならばと問屋場(注9)へ寄り、役人を起こして宿の都合を頼んだ。しかし出てきたそいつは、

「問屋場の者が御公儀の御触れ破れるはずなかろうが。こちらから宿にそのような差図をすることはできん」と決めつけている。

 そこでおれは、

「東海道筋三島宿では、水戸の播磨守(注10)の家来を泊められんか。おれは御用の儀があって、遠州は雨の宮へ御祈願の使いに行くのだが、そういうことなら仕方がない。今から引き返して道中奉行(注11)の屋敷で掛け合うので、それまで御用の物はそちらに預ける。大切にし」と言い捨てて稽古道具を障子越しに投げ込んだ。

 そうすると流石に役人共も肝を冷やしたらしく、起き出してきて土に手をつく。

「播磨様とは存ぜず失礼な態度、恐れ入ります」

 こんな風に色々謝られるから、おれも図に乗った。

「荷物は預けるから、さっさと受取証をよこせ」

 横柄に言われ、頭を下げる役人も困りおった。そこからまた二、三人が出てきてはいつくばった。

「なんでもないいたしますから、まずは宿へ。そちらで少しでも休んでください」と言いよる。

 そこまで言われてようやく矛をおさめ、「案内」とおれが言う。役人共は脇本陣(注12)へおれを上げると、先ほどの不調法をしきりに詫びて、飯も出した。

 それでもなおやかましく言ってやると、

「あまり大事になると、当宿の宿役人が残らず失職してしまう。なんとか勘弁してくれ」

 と重ね重ね謝るから、腹の立つのも癒えて、許してやった。すると、今度は酒肴を出して馳走となった。

「書付(注13)をよこせ」

 酒宴の場でおれは言うが、役人は困って書付を出すことはできんと言いおった。そうかならばとおれが又々引っくり返して暴れると、金を一両二分だして又々謝ってきた。思いもよらず金が手に入ったので、良しとして済ましてやった。


 その内に夜が明けてきたから、寝ずに三島を出発することにした。道中で籠に乗ったから、次の宿場までは籠の中で寝た。そううまく事が運んだのは、箱根を越えてから稽古道具に『水戸』と書いた絵札をさしておいたからだ。


【注釈】

注1 … 午前4時頃。

注2 … 1両=4分=16朱=4000文。2分2朱ならば2500文。

注3 … 同じ藩の武士。

注4 … 旗本のこと。徳川将軍直属の家臣のうち、石高が一万石以下で将軍に御目見できる身分の者を指す。旗本であることが証明できれば、手形不要で関所を通れた。

注5 … 宿に客を勧誘する客引き。

注6 … 江戸時代は太陰暦を用いていたので、翌日は朔日(新月)にあたる。

注7 … 午後12時頃。

注8 … 東国の幕府直轄地を支配するために設置された役所。代官の役は江川家が世襲し、当主は江川太郎左衛門を名乗った。

注9 … 宿場を管理する役所。

注10 … 播磨は現在の神戸の一部であるが、播磨守と水戸とは無関係なので、これは夢酔斎のでまかせである。

注11 … 五街道を支配し、管理や整備を行う役人。

注12 … 役場に設けられた本陣の予備施設。

注13 … 勘定書。


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