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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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樽屋三右衛門

 この年、芝の片山前にあった湯屋が向こう町に転居することになり、そのことで同業者と揉めていた。そこにある坊主が顔を出して、町奉行の榊原に頼んでやると言ってた、金二十両を受け取った。

 その話は元から坊主のついた嘘だったが、その湯屋がことの次第を願書にして奉行所に出し、本当のことにした。

「湯屋の株仲間のことは樽屋三右衛門(注1)の領分だから、奉行所に願い出るのはお門違いだ」

 奉行所はそう言って取り合わないので、湯屋は大いに困った。


 中野清次郎という男がおれにその話をして、なんとかならんかと頼んできた。

「丁度おれの従姉妹の姉さんが樽屋の係累の嫁に行っている。そこの親父の正阿弥というやつとは気安い中だから、頼んでやろう」

 おれがそう言うと、中野は喜んで湯屋を呼んで来た。

 そいつを連れて正阿弥の所へ行き、訳を話す。そこから仲介を受けて樽屋にも顔を出すと、樽屋も事情を承知してくれた。

 樽屋が奉行所から願書を下げて戻り、争う双方の利害を言って聞かしたから、その湯屋はなんとか向こう町へ引越すことができた。それに喜び、湯屋は樽屋へ三十両、正阿弥に二十両、おれに四十両くれた。

 その湯屋の株は酒井左衛門の用人、その妾が持っておった。湯屋が向こうへ移転すると、結果として八十両も株が高くなる。そんな風に清次郎が話していたな。


 この年、またまた兄と江戸を出ることになった。向かう先は越後浦原郡水原のお陣屋だ。

 数々の場所を巡見したが、中々面白かった。越後の支配領の内には大百姓もいるから、色々珍しい物も見たし、反物や金もたんと貰って帰った。


【注釈】

注1 … 江戸の町名主の家系。地割役という仕事をし、代々樽屋三右衛門の名を継承した。


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