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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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小林隼太・小野兼吉

 江戸に帰ったのは、十一月はじめのこと。帰ってからは、また他流試合に歩いて周る騒がしさが日常になった。

 本所の割下水(注1)に近藤弥之助(注2)という剣術の師匠がいた。その内弟子に小林隼太というのがいたのだが、こいつが大の暴れ者で、本所ではみんなが怖がっていた。


 ある時、津軽の家中ににいた小野兼吉という暴れ者を俺の所へやってきて、他流試合を申し込んで来た。実は、それは小林が知恵を働かせ仕組んだことだった。

 小野がやって来た時は家にいたから、入ってこいと呼び入れて、おれが直接会った。

「中西忠兵衛先生(注3)の弟子で、その中でも一、二を争う使い手だ」

 小野やつはそう名乗ったが、それは前々から聞いていた話だから、他にも色々話して聞いた。しかし小野兼吉というやつは大そうなことばかり抜かすやつで、自分の刀を抜いてその長さを自慢し、

「津軽十万石の家中でも、これほどの刀を差す者はいない。私くらいのものさ」

 と言いよる。そこまで言うならと見れば、二尺九寸ある相州物(注4)だったから褒めてやった。するとますます鼻を高くして高慢になる。

 どうも物言いが鼻につくので、おれも方も差料を見せてやった。平山先生(注5) から貰った、三尺二寸の刀。兼吉めが怯んだから、たたみ込むようにこちらも高慢を言い返してやった。


「試合をしよう」

 おれがやる気で言ってやったのに、何を思ったか、「今日は断る」とぬかしおる。それならばと勝負の日を約束して、こちらから出向こうと決めた。

 その話を下谷の連中にしたら、四、五十人ばかりが同道すると集まった。さて出向くかと兼吉に手紙を送ったら、『今からそちらへ行く』と返ってきた。

 ならばとそれ以上返事は出さずに待っていたら、近藤の弟子の小林が肩衣(注5)なんぞを着てやって来た。


 小林は色々と取り繕ってから、

「兼吉に詫びを入れさせるから、それで勘弁してくれ」

 と言ってきた。本当にそれでいいのかとおれが念を押すと、

「今後、万が一にも兼吉がお前様へあれこれ言ってきたら、私が首を差し出します」

 とまで言うから、許してやった。これで、本所の大概はおれの縄張りになった。


【注釈】

注1 … 道路を割って作った下水道。本所にあった割下水の周辺地域。

注2 … 忠也派一刀流の使い手で、後に講武所の剣術教授方を勤める。

注3 … 小野派一刀流中西派の三代目当主、中西子啓のこと。

注4 … 鎌倉期に始まった、相模国の一派によって作られた一連の刀。

注5 … 平山行蔵(1759~1829年)。多くの武術を納めた兵法家で、文政の三蔵の一人として知られる。

注6 … 武士の簡易な公服。


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