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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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十八歳・信州行き

 十八の年、また信州へ行くことになったのだが、その時の兄貴の気色悪さったらなかった。

 榊木という村にある見取場での検見(注1)をおれにやらせると言って、役につけられた。調べる段になって、おれは一番出来の悪そうな所に棹を突っ込んんだ。

「もみが一舛二合五勺(注2)あったから、六合五勺が取置(注3)だ」

 そう伝えると、百姓らは一同嬉しがった。


 この月、陣屋元の郡代百姓(注4)の所へ武士がやってきた。桜井なんたらという名で、上州の仁田万次郎近親の家来だとか。

 そいつがなんぞねだったが、取り合わなかったので喧嘩になり、刀を抜いて百姓を一人斬ってしまった。


 そうなれば大騒ぎとなり、大勢が出て召し捕ろうとしたが、暴れよるで手がつけられぬ。二尺八寸ばかりの刀を真っ向にかざし、屋敷の門を入ろうとすれば誰彼構わず斬りつけおる。

 役所から手代(注5)が二、三人出てきてなんとか治めようと指示を出すが、多くは刀を怖がってわめくばかりだ。

「行って取り押さえろ」

 兄貴がそういうから、おれは一目散に飛び出して門へ向かった。

 門には刀を構えた桜井某が陣取るので、そこから四尺ばかりの所から近づくこともできない。仕方なくおれが様子を見ていると、一人のえた(注6)が進み出た。

「いい手がある。私が捕まえよう」

そう言って、えたが六尺棒の一本を門に投げつけた。ぶつけられた棒は見事に斬って落とされたが、刀を振るった隙をついてえたが突っ込んで組みついた。

しかし、暴れる刃が運悪くえたの腰下から股下へかかり、斬られてしまった。


 その時、おれが砂をつかんで暴漢の面に打ちかけた。砂が目に入りそいつがうつ伏せになった所へ、斬りつけられたえたの襟をとって引き据える。

 それからまた別のえたが二、三人で重なるように暴漢を押さえ、縛りつけて陣屋の牢屋へ入れた。あとは上州の仁田との掛け合って処遇される。


 切られたえたは榊木の者で、公儀より七人扶持(注7)を一生貰えることとなった。切られて不自由な体になったが、強いやつだったっけ。


 他も検見をするということで、それから方々回っていたら、その内に江戸でおふくろが死んだと知らせが来た。

 仕事の始末をつけて江戸へと向かう道の夕方、信州の追分で五分月代(注8)の野郎が馬方(注9)の陰に隠れている。

「捕れ」

 目ざとくそいつを見つけた兄貴に言われ、おれは籠の脇から十手を抜いて駆け出した。そしてらその野郎は一目散に浅間山の方へ逃げおった。

 なんとか追いかけて近ずくと、そいつは二尺九寸の一本脇差に手をかけを反り返らせた。

「お役人様、お見逃し下さいませ」

「お前、何を見逃してほしいんだ?」

 野郎の言葉を無視しておれが近づくと、その刀を抜きおった。が、己が着ていた引廻し(注10)の裾に小尻(注11)が引っかかって、一尺ばかり抜いた所で止まる。

 その隙におれは直ぐさま飛び込んで、相手の刀の柄を持って宙返り。一緒に転んだ野郎の上におれが乗り、押さえつけた。

 そこへ平賀村の喜藤次という取締が来て、野郎の頭を持ってひっくり返した。おれも起き上がり、十手でいくらかそいつをぶん殴った。

 それから縄でふん縛り、追分の旅宿へ引き返した。


 後に上田・小諸から代官・郡奉行が、野郎の身柄を引き取りにやって来た。

 こいつは一体何をやったのかと聞くと、こいつは小諸の牢に二百日ばかり入れられていたが、ある晩に牢を抜け出して追分宿へ行き、女郎屋で一両の金を取ったのだ言う。おれたちに見つかったのは、その帰り道だった。


 音吉という名の、子分が百人もいる博打打ちだ。役人はそう話していた。

 身柄を大名にわたすと首がなくなるから、中の条の陣屋に送ることになった。

 その後、そいつの刀を兄貴がくれた。池田鬼神丸国重という刀だったっけ。二尺九寸五分の長さで、差料(注12)にした。


 碓氷峠では小諸の家老に仕える若いのが無礼を働いたので、塩沢円蔵という手代とおれとでそいつを捕まえ、向こうの家老の籠へぶつけてやった。


 上州の安中でも、白鞘の刀(注13)を抜いて不意に常蔵という中間の足を斬りつけたやつがいたから、その時もおれたち二人で打ちのめした。

 宿役人に引き渡して聞いた話では、そいつは在所の剣術遣いで、酒乱だったそうだ。


【注釈】

注1 … 江戸時代、農民への租税は田畑に対して一定の量を求めるものと、作物の出来で変化するものがった。そのために作物の出来を調べる作業を検見(毛見とも)、検見を行う田畑を見取場と呼んだ。

注2 … 体積の単位。一舛が約1800mlで、合は約180ml、勺は18ml。

注3 … 検見した田畑にかける租税の量を決定すること。

注4 … 江戸時代では農村を支配するため、郡代や代官と呼ばれる勘定方の役人が配置されていた。その役人らの農村での屋敷が陣屋である。

注5 … 郡代や代官の下について農村政治の補佐をする下級役人。

注6 … 士農工商の身分に分類されない人。神道の穢れの考えから発祥し、被差別民であることも多い。

注7 … 一人扶持は年間5俵の米。七人扶持なので年間35俵。

注8 … 月代が正しく剃られておらず、五分ほど伸びた頭のこと。病人や無宿人の頭とされる。

注9 … 馬を使って荷物を運ぶ仕事をする職業。

注10 … 旅人が着る上着。合羽。

注11 … 鞘の先端。

注12 … 自分の腰に差す刀。

注13 … 拵えを無加工の木材で行った刀。湿気に敏感で、刀を保存するときに多くもちいられる。


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