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[現代語訳]夢酔独言  作者: 雪邑基
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喧嘩の師匠・源兵衛

 ある日、おれは従兄弟の所へ遊びに行った。従兄弟は忠之丞といい、その子の新太郎(注1)と忠次郎という兄弟はおれと年が近く、その二人と一日色々な話をした。

 従兄弟の家の用人に、源兵衛というのがいた。剣術遣いということで、中々やると聞き及んでいた。

「お前様は色々とやんちゃなさるそうですが、喧嘩はしたことがありますか? これはただ暴れればいいというのとは違って、胆力がなけれればできないものですが」

「おれは喧嘩が大好きだ。小さい頃からしょっちゅうやったが、面白いものだ」

 源兵衛に問われて、おれはそう答えた。すると、

「さようでございますか。ならば明後日、蔵前で八幡の祭がありますので一緒に参りましょう。祭となれば一喧嘩ありましょうから、そこで一勝負なさいまし」

 と言いよる。おれは源兵衛と約束して帰った。


 祭の日になって、夕方から番場にある男谷の家を訪ねる。そこには新太郎と忠次郎の兄弟も待っていた。

「よく来た。今、源兵衛が湯に行っているから、帰ったら出かけよう」

 兄弟はそう言って、出かける支度をしている。間もなく源兵衛が帰ったので、祭へ出かけるとなった。

 それからの道々では、今日の手はずを話し合って八幡へ向かった。道中でも喧嘩が落ちていないかと思ったが、すれ違うのはみんなつまらない奴ばかりで、喧嘩相手がいなかった。

 しかし八幡へ入ると、早速向こうからそれらしい奴らが二、三人鼻歌をうたいながらやってくる。忠次郎が一番に動き、手近な男の顔へ唾を吐いた。

 唾をあびた野郎が怒って、下駄を構えてそいつで殴ろうとかかってくる。おれは握り拳をつくり、襲いかかる野郎の横っ面をぶん殴った。

 残りの相手が総がかりで襲いかかるから、おれは敵の顔もろくに見ないでやたらめったらに殴ったら、みんな逃げて行きおった。

 それから八幡へ向かってぶらぶらしていると、二十人ばかりの集団が手に長鳶(注2)を持って現れた。


 一体なんだと思っていると、集団の一人が「あの野郎だ!」とぬかしておれたち四人を取り囲んだ。

 囲みを破ろうと刀を抜いて切り払っていると、源兵衛が大声でがなる。

「早く門の外へでろ! 門が閉まるととりこになる」

 囚われになるのはかなわんと四人が並んで切り立てて、門の外に出た。しかし、そこには敵の加勢と見える奴らがまた三十人ばかり、鳶口を手に出てきおった。

 相手は五十人。並木の入り口にある砂場蕎麦(注3)の格子を背にして、相手と叩き合う。それだけの大人数を相手にするのだ、一生懸命になった。


 四、五人ばかり傷を負わせたら、少し敵の攻め手が弱くなった。勢いづいて無闇に切り散らし、鳶口も十本ほど叩き落とした。

 やっとのことで敵を追い立てたが、またまた相手に加勢がきた。今度の相手は、梯子まで持っている。


「多勢に無勢、最早かなわぬ。三人は吉原へ逃げろ! 後は私が切り払って帰るから」

 源兵衛はそう言い、「早く行け!」とおれたち三人を急かした。だが源兵衛を一人置いて逃げるような不便を許せる三人ではない。

「一緒に追い立てて、一緒に逃げよう!」

「お前さん方に怪我があってはいかん。さっさと逃げろ!」

 こちらが助け舟を出そうにも、源兵衛はひたすらおれ達を逃がそうとする。源兵衛の刀は短かったから、手向けに刀だけでもとおれのを渡してやり、すぐに四人は大勢の中へ飛び込んだ。

 おれ達の勢いに先頭のやつがばらばらと少し下がったはずみに、三人はばらばらに逃げ出す。

 浅草の雷門の所でようやく三人は一緒になり、吉原へ行った。吉原へ行ったが、しかし源兵衛が気遣わしいから引き戻ることにした。

 戻って馬場で飯を食おうと思っていたら、源兵衛は先に家へ帰って、玄関で酒を呑んでいた。それを見て、三人で安心した。


 それからまたまた源兵衛と一緒に八幡の前へ行ったら、旅籠町の自身番(注4)に大勢の人が集まっている。一体何事かとそこに行って聞いてみると、

「八幡で大喧嘩があったんだ。小揚げ(注5)の者が殴られたのが始まりで、小揚げの者の二、三十人と蔵前の仕事師が三十人ばかりで殴った相手を捕まえようと大騒ぎしたが、とうとう一人も取り押さえられずに逃がしてしまった。その上、こちらは十八人も怪我人が出た。今、医者が傷を縫っている所だ」と言われた。

 おれ達の四人はそのまま帰路につき、おれは亀沢町に帰った。しかしあの時ほど酷い気分はなかったな。


 刀は侍にとって大切なものだから、よくよく気をつけるものだ。おれの刀は関の兼年の作だが、源兵衛に貸した時に鍔元より三寸上の所で折れてしまった。目利きの稽古をしたのはそれからのことだ。


 この年、兄貴と信州へ行ったが、十一月の末には江戸に帰った。


 源兵衛を師匠にして毎日毎日喧嘩の稽古をしたから、いつの間にか喧嘩上手になっていた。

 暮の十七日。浅草の市へ例の兄弟と連れだって出かけ、また大喧嘩をした。その時、忠次郎が肩を切られた。しかし衣類を厚く着ていたから、体には少しも傷がつかなかった。かわりに着物は襦袢まで切れた。

 その晩はそのまま寝たのだが、翌日に呼び出されて番屋に行くことになる。炬燵にかけたあった忠次郎の着物の切り傷を下女が見つけ、それを忠次郎の親父へ言ったのだ。

 忠之丞はおれ達の三人を並べて、色々と意見をいってくれた。しまいには、以降は喧嘩をしない、という書付まで取られていた。

 この忠之丞という人は、至っていい人だ。親類が「聖人のようだ」と皆々怖がるほどの御仁だった。


【注釈】

注1 … 後の男谷精一郎(1798~1864年)。剣聖と呼ばれた直心影流の名人で、講武館の頭取になる。

注2 … 先端に鍵状の金具をつけた棒。火消しが火事場で使用した。鳶口。

注3 … 大阪の砂場で営業していた店が由来の、ポピュラーな蕎麦屋の店名。

注4 … 町人方の警備のための番所で、町人によって運営された。

注5 … 船で運んだ米を陸に揚げる作業。


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