二丁町の廓の客
ある日の晩方、飯が食いたくなって二丁町へ入った。そこで貰ったのは麦や米ばかりで、温かい飯は貰えない。それでも段々と貰って歩いたら、曲がり角の女郎屋で客が騒いでいた。
「お前は小僧のくせに、なんで杖なんかついている? どこか患ったか?」
騒ぐ客がおれを見つけてそう言うから、「左様でございます」と素直に答えた。
「そうであろう。よく死ななかったな。どれ、飯をやろう」
そいつはそう言って、飯や肴や色々な菜を竹の皮に包ませて、銭の三百文までつけてくれた。
おれは地獄で地蔵(注1)に出会えたかのように思えて、土に手をついて礼を言った。
「お前は江戸の出のようだが、生来の乞食ではあるまい。どこかの侍の子だろう」
客はそう言い、それを種に女郎と話す。緋縮緬(注2)の袖口のついた浴衣と紺縮緬(注3)のふんどしまでくれて、嬉しかった。
「今晩は木賃宿(注4)に泊まって、畳の上で寝るがいい」
最後の心づけは、その助言だった。おれは厚く礼を言い、助言に従って伝馬町の横丁の木賃宿に泊まった。
それからは毎日日中は府中で物貰いをして歩き、夜になるとその木賃宿に泊まった。するとしまいには宿代やら食べ物代やらのつけがたまって、どうしようもなくなる。
仕方がないから、単物を質屋に入れて六百文貰い、お代を払うと早々に木賃宿を立った。そして宿に払った残りの銭を持ち、また上方を志して石部まで進んだ。
ある日のこと。宿場外れの茶屋脇で寝ていたら、九州は秋月という大名家の長持(注5)の二棹が茶屋に立ち寄った。長持の親方二人は休むおれの隣に来て、床几(注6)に座って酒を呑む。
「お前、患ったな。そんな姿でどこへ行く?」
親方の一人に聞かれたから、「上方へ行く」とだけおれは答えた。
「あてはあるのか?」と聞いてくるから、「あてはないが、行く」 と向こう見ずに応じる。
「それはよせ。上方ってのは、行きたいからだけで行く所ではない。それより、江戸に帰るがいい。おれが連れてってやるから、まずは月代を剃って髪を整えろ」
親方は向こうの髪結所に連れて行って髪を整えさせ、「そのなりでは外聞も悪い」ときれいな浴衣と三尺手拭いまでくれたよ。
【注釈】
注1 … この時代の民間信仰では、仏教における救済者と考えられ、特に子供を守護する者と信じられていた。
注2 … 緋色に染められた絹を平織りにした織物。女性の襦袢などの下着に多く使われた。
注3 … 紺色の縮緬。
注4 … 宿場で最下級の安宿。大部屋で寝具もない場合が多く、料理は客が用意して薪代を払う仕組み。
注5 … 衣類や寝具を入れるための木箱。
注6 … しょうぎ。移動して使える簡易の腰掛け。




