府中の与力
ある日のこと。
府中の城の脇に、御紋を門の扉にあしらった寺がある。その寺の門脇は竹やぶばかりで、さらにその脇に馬場があった。馬場の入り口には石がたんと積んであるから、囲みの内に入ってそこで一夜寝た。
翌日。朝早くから侍が十四、五人来て、借りた馬で稽古をしていた。どいつもこいつ下手だが、夢中になって乗っている。
おれが目を覚まして起き上がると、馬引きの一人がそれに気づいた。
「こんな所に乞食が寝てやがる。ふてぇやつだ。なんで囲いの中へ入り込んだ?」
馬引きがそんな風に散々叱ってくるから、おれもへりくだって色々とわびを口にする。謝りながら目だけで馬乗りの様子を見ていたら、あんまりに下手が多いからつい笑ってしまった。すると、おれの態度に怒った馬喰(注1)共が三、四人でしたたかにおれを殴りつけ、囲いの外へ引きずり出しおった。
「みんな下手くそだから下手くそだと笑ったんだ。何が悪い!」
おれがそう大声でがなったら、四十代に見える侍が出てきて、
「これ、乞食。お前はいったい何様だ? 小僧のくせに、さっきから侍が馬に乗るのにあれこれ言いくさる。どこの国の者か名乗れ」と言う。
「国は江戸だ。それから生まれついての乞食ではない」
おれがそう言ったら、
「馬は好きか?」
と問いくる。
「好きだ」
ためらいなく答えると、「ではひとつ乗ってみろ」と言いおった。こうも言われればやらずにはおられぬ。襦袢一枚で見事乗って見せてやった。
「この小僧は侍の子だろう」
周囲の者が見る目を変えてそう言う。
「おれの家へ一緒に来い。飯を食わせてやる」
さきの四十ばかりの侍がそう言うから、稽古のしまいまで待って、帰る侍のについて行った。
侍は町奉行屋敷の横丁にあるかぶき門(注2)の屋敷へ入り、おれを台所の上がり段に呼んだ。飯と汁を景気良く振舞ってくれて、実に美味かった。
その侍も奥で別に飯を食い、また台所に戻って、おれに名や親の名を聞きおる。面倒だから、おれはいい加減な嘘を言った。
「なんにしろ不憫なことだ。いく所がないならおれの所にいろ」
そう言って、侍は単物をくれた。そこの女房も、おれの髪を結ってくれる。行水に使えと湯をくんでくれるやら、色々可愛がってくれた。今考えると、あの人は与力(注3)だったんだと思うよ。
その侍は肩衣(注4)を掛けてどこかへ行き、夕方帰ってきた。夜になるとおれを今に呼んで、また色々身の上のことを聞いてくる。
「町人の子だ」
おれはそう言って隠そうとしたが、
「今に大小と袴をこしらえてやるから、ここで辛抱しろ」
と全て承知したように言いよる。
それから六、七日も世話になったが、自らの子のように良くしてくれたよ。
【注釈】
注1 … ばくろう。馬や牛などを売買する商人。
注2 … 屋根のない門。一般的には下級武士の屋敷で用いられるが、大名屋敷でも外門などに使われる場合がある。
注3 … 奉行所から俸禄を受ける役人で、警察権を行使するとともに、検察などの役目も行なった。
注4 … 袖のない上着。武士の正装。




