御師龍太夫
伊勢にある相生の坂で、ある乞食のご同類と仲良くなった。
そいつが言うには、
「龍太夫という御師(注1)の所へ行って、江戸品川宿の青物屋、大阪屋から抜け参り(注2)で来た。しかし、騙されて身ぐるみをはがされたから、泊めてくれないかと言うがいい。そうすると、向こうは帳面をめくって見て、泊めてくれるだろうさ」
と教えてくれた。
教えられた龍太夫の家へ行って、中の口(注3)からおじゃました。すると袴をはいた奴が出てきて、帳面を持ってきて繰り返し返し見おる。
「奥へ通れ」
そう言って通されたから、おれは怖々中へ入った。
通されたのは六畳ばかりの座敷で、少したってからその男が再び現れた。「風呂に入れ」
そう言われて、久しぶりに風呂へ入った。
風呂から上がると、
「粗末だが、御膳をどうぞ」
と色々と美味いものを出してくれた。これも久しく味わっていなかったから、腹一杯飯を食った。
少し過ぎて、龍太夫が狩衣(注4)で現れた。
「よう御参詣に参られた。明日はお札をあげましょう」
と丁寧に挨拶され、おれはただはいはいと辞宜ばかりしていた。
それから夜具や蚊帳の用意をしてくれて、「どうぞお休みください」と言われた。久々に布団の上で寝たが、心持ちが良かったよ。
翌日は又々馳走をしてくれて、お札もくれた。
ここまで至れり尽くせりされて、おれは考えた。ここで金を借りればいいではないかと。
そこで人を呼んんだら、最初に取り次いでくれた男が顔を出し、
「何かご用でございますか?」
と聞いてくる。おれは道中での護摩の灰の話をして、
「路銀を二両ばかりくれないか。頼む」
と言った。
龍太夫に聞いてくると男は下がり、少し間があって、
「太夫の方もご覧の通り、大勢の御逗留客のために中々手が回らず申し訳ない。余りに軽少ですが、これをお持ちください」
と一貫文(注5)を差し出す。おれはそれを貰って早々に逃げ出した。
それから方々を回ったが、金があると美味いものを食い通しでいたら、あっけなく元の木阿弥になってしまった。
龍太夫を教えてくれた男は、江戸神田黒門町の村田という紙屋の息子だ。
それからここで恵んでもらい、あそこで施しを受け。とうとう疲労困憊の姿で駿府の府中まで帰った。その時は襦袢一枚に帯がわりに縄をしめ、草鞋はいつも履いていないという格好だから、どこから見ても格好の悪い乞食さ。
府中の宿場の真ん中あたりに、観音か何かのお堂があったから、夜は毎晩そのお堂の縁の下で寝た。
【注釈】
注1 … ある神社に所属して、その神社の案内や寝食などの世話をする人。神職者があたる場合もあったが、商売としてそれを行う人間もいた。
注2 … 子供や使用人が、親や店に黙って伊勢参りをすること。その中でも金銭を持たず、喜捨で旅することをお蔭参りと言った。
注3 … 玄関と勝手口の間にある入り口。
注4 … 江戸時代の礼服。
注5 … およそ千文。一両の四分の一。




