第5話 不穏な兆し
「学園の七不思議……ですか?」
唐突な僕の質問に、汐遠は首を傾げた。
だろうな。僕だって同じ質問をされたらそうなる。このご時世に七不思議だなんて、口に出すのも恥ずかしい話題だ。
「うん。まあ、入学したばかりじゃ知らないか」
「そうですねー。そもそもあたし、そういうのあんまり興味ないですし……」
意外だった。怪異全般に構う……興味を持っているわけではないらしい。
「あ、でも」
人差し指を唇に当て、汐遠は思い出したように顔を上げた。
「何か知ってるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど……普通は入学したばっかで名前も知らないクラスメイトと、七不思議の話なんかしませんよね?」
「そりゃしないだろ。初対面でいきなりそんな話されたらビックリするわ」
「でも、みんなしてたんですよ。話したこともないクラスメイトがいきなり、『この学園の七不思議って何?』みたいに」
想像してみれば、それは確かにおかしな光景である。知らない間にウチの学園は、怪談のメッカにでもなっていたのかもしれない。
「汐遠の周りに、たまたまそういうの好きなやつが多かったとか?」
「クラス全員でも、ですか? そんな偶然あります?」
「それは……さすがにないな。どうかしてるとしか思えない」
偶然で済ませるには、あまりに不気味な傾向。
胸の中で、忌まわしくも懐かしい不安が渦を巻く。
本当にどうかしている。まるで――僕の親戚連中みたいじゃないか。
「だからあたしもちょっと引いちゃって。しかもウチのクラスだけじゃないみたいなんですよ。たぶん、一年全員が――――」
そんな会話を交わしながら、学園近くの見覚えある景色に差し掛かった時。
「おん? 囮じゃん、おはよー」
横道からぬるりと現れたのは、繁定弘人――長身に茶髪をなびかせた、学園で一番の親友だ。
「おー、弘人。おはよ」
「囮、なんで旧市街から来てんの?」
ブレザーの間で、緩く絞められた二年色の紺ネクタイが揺れる。同じ制服でも長身の弘人が着ると、妙にかっこよく見えた。
「親が海外出張。その間、祖父さん家で暮らせってさ」
「そーなん? 今度お邪魔していい?」
「来るか? 実は僕、いま妖怪と二人暮らしなんだ」
「おっけー行かない。何があってもお前の家には金輪際、絶対に近づかないと誓うわ」
弘人は僕の体質を知る数少ない友人だが、筋金入りのビビりでもある。陳腐な怪談でさえ裸足で逃げ出す男だ。
「なんで囮はいつもそんな化け物と縁があんの? お祓いとか行けよ頼むから」
「散々試して効果ゼロだったんだよ。どうしようもないんだ」
「え? 妖怪ってなに? 囮先輩、それめっちゃ気になるんですけど!」
「うおっ!?……誰この子? なんかすっごいギャルくない?」
汐遠の弾んだ声に、口を滑らせたと気づいた時には遅かった。
「一年の瑞々汐遠。で、こっちは友達の繁定弘人」
深掘りを避けようと紹介を挟む。
だが汐遠は――あの無機質な赤い瞳で、弘人の『何か』を見定めるようにじっと見つめていた。
「——はじめまして。繁定先輩も、『見えちゃうズ』ですか?」
それは僕の見間違えだったのかもしれない。あるいは、出会いの印象が強すぎて錯覚してしまったのだろうか。
汐遠の顔は普通だ。
親しみやすい、明るい後輩そのものの笑顔。
どう見ても、そこに殺意のような敵意なんて感じなかった。
「見えちゃうズ?……あぁ、そういう感じな? よろしく。俺はただの一般人だけど。汐遠ちゃんって呼んでいい?」
「わー。囮先輩と違うタイプだ。繁定先輩、なんか女慣れしてますって感じ」
「弘人はモテるからな」
「雰囲気ありますもんね。さすが早くも一年女子の間で、カッコいいと話題の先輩です」
「マジで? 俺が?」
「信じるな弘人。汐遠はいつも――」
「ガチです」
「僕の時と違う!?」
「……なんか、お前ら仲いいな。連休中にカップル成立しちゃった感じ?」
「マッチングアプリみたいな言い方をするな!」
「あたし、イイネってしときましょうか?」
「だからやってねぇよ!!」
「う~ん。汐遠ちゃん、良いね。面白いわ。その着崩した制服もえっちだし」
「囮先輩。なんか変なこと言い始めたんですけど」
「ほっとけ。イラッとしたなら殴ってもいい」
「それはそれで、求められてるみたいな感じがします」
弘人は白く眩しい歯を見せながら、両手を広げて待ちわびていた。もういっそ、僕が殴ってやるべきか。
「はあ……お前は黙ってればモテるのに」
「俺は見てくれだけで判断しない、ありのままを受け止めてくれる子を探してるのさ」
親指を立て、爽やかに言い放つ残念な親友。
でも、ありのままの自分という言葉は耳に痛いものだ。だから僕は、弘人の奇行を馬鹿にできなかった。
「じゃああたしも協力します。繁定先輩のありのままを、一年女子みんなに伝えておきますね」
「おう。包み隠さず頼んだぜ」
「頼むのかよ。そこは普通止めるだろ」
「ふふっ。でもいまは、先輩の本性知らない女子に見つかると恨まれちゃいますから。お先に失礼しまーす!」
校門の前まで来たところで、汐遠はタッと駆け出した。そのまま門を通過すると振り返り、
「囮先輩! 今度お家にお邪魔しますね!」
そんなはた迷惑な言葉を残して、校舎へと走り去っていく。その後ろ姿を見送りながら、僕は同居人について彼女にどう伝えるべきかと考えて、
「あれ? それでいいのか僕」
拒否する選択肢が浮かばないことに、首をかしげるのだった。
「……春だな。囮くん」
「何が言いたいかは聞かないし、突っ込まないぞ。強いて言えば、その呼び方はなんだ」
馬鹿なやり取りに呆れつつ、僕らは校門を抜けた。
◇◆◇
私立御咲ヶ原学園。
歴史ある校内には、新校舎と古い木造の旧校舎がそびえている。
まだ割と綺麗な新校舎に比べ、旧校舎は実に味わい深い遺物だ。年季の入った枯れた匂いと湿った空気。歴史を辿れば、過去に凄惨な事件の一つや二つありそうな趣を感じる佇まい。
しかし、僕にとってその曰くあり気な雰囲気は、ただの印象だけでは済まないもので――――
「おーい! 囮くーん!!」
新校舎へ向かう僕を呼ぶ声。
旧校舎の、使われていない空き教室の窓から、女子生徒が大きく手を振っていた。傍から見れば、知り合いが呼んでいるだけ。そんな何でもない光景に見えるだろう。
だが、決して手を振り返してはいけない。
なぜなら、彼女は人間ではないからだ。
過去に亡くなった生徒の幽霊ですらなく、噂が形を成したモノ。
学園の七不思議の一つ。
――――『旧校舎の窓から手を振る女子生徒』
それがいままさに、僕に向かって手を振っている彼女《怪異》だった。




