第2話 想定外の黄昏
夕暮れ。逢魔が時。黄昏色に染まった公園。
幻想的な赤みがかった灰色の風景は、悪くないシチュエーションだと思った。二人きりではないけれど、いかにも運命的といった風情の出会いな気がする。
でも、こんな考えはゲームやアニメの影響だ。そこに神秘性なんてありはしない。つまるところ、ただの錯覚なんだろう。頭ではそう理解している。
だが、僕にとってこの出会いは、その捏造された印象に酔えるくらい特別なものだった。
彼女には聞きたいことが沢山ある。
『いつから視えているの?』
『他にも視える人を知ってる?』
『なぜ自分から話しかけたりするんだ?』
そして何より――
どうして彼女は、人目を気にしないでいられるのか。
町中でまったく見ず知らずの女の子に声をかけるなんて初めてだ。自他ともに認める陰キャである僕に、そんな気安さや心の強さはない。
だからこの時の僕は、間違いなく興奮していたのだと思う。
初めての『同類』との接触に。
良くも悪くも、頭が回っていなかったんだ。
そのせいで不用心にもまっすぐ彼女に近づいて、感情の昂るままに声をかけてしまった。
「なぁ、ちょっといいかな? 僕と少し話を――」
「あのさ」
その一言で、全身の血が凍りついたような気がした。浮ついた僕の言葉にかぶせられた、有無を言わさぬ声。
「あたしいま忙しいんで。話しかけんの止めてくれない?」
露出の多い黒を基調とした服。首元の太いチョーカーが、彼女の冷酷な瞳と相まって僕に息苦しさを与える。幼女に語りかけていた印象とは、あまりにも違う。
慈愛の塊だった表情は消え失せ、喜怒哀楽を一切排した顔が僕を見ていた。カラコンの不自然な赤は、無機質なガラス玉のよう。心臓を抉りだすようなその視線に、身体はすくみあがり、手足がしびれる感覚を覚える。
情けない話だが、僕より一回りほど小柄な少女が、恐ろしくてたまらなかったのだ。
しゃがんでいた彼女がゆっくりと立ち上がったのを見て、僕は思った。
――――殺される。
唐突に。比喩でも何でもなく、本気でそう思っていた。
立ち上がった彼女の目線は、僕の肩上ほどの高さ。そこからわずかに見上げるように、人工的な赤い瞳が向けられる。
一度も見たことないけれど、人を殺すと決意した人間なら、こんな目をするのかもしれない。そんな眼を、していた。
なぜそんな目で僕を見るのか。
真っ白になった頭では、なにも考えることが出来なかった。
「――――」
そして彼女の口元が微かに開きかけたその時――――
「は――――ずびびびびっ!」
彼女の隣から、凄まじい水気のある音が響いた。
例えるならまるで、『思いっきり鼻をかんだ』ときのような。そんな風に形容するしかない、ひどく間の抜けた音だった。
目をやれば、幼女がハンカチで鼻を抑えている。
古い絵本から飛び出してきたような、上品な印象の見た目……盛大に鼻をかんでいたけれど。
「あーー……ズズッ。なんだかすまないねぇ。この小さな身体のせいなのか、感情が上手く抑えられなくてねぇ。ええ、本当に」
幼女はハンカチを下ろすと、鼻をすすりながら困ったような顔を浮かべて言った。その様子を、呆気に取られて眺める僕と彼女。
互いの間にあった殺伐とした空気は、言わずもがな霧散していた。
「お嬢ちゃんも、一生懸命お話してくれたのに、悪いわねぇ。なかなか落ち着けなかったものですから、どうか気を悪くなさらないで」
申し訳なさそうな声は幼く高く。とても見た目通りの声なのだけれど、その話し方に違和感があった。耳に優しい子守歌を聞いているような、なんていうか、こう――具体的に言えば、『お婆ちゃん』みたいな感じだったのだ。
そして幼女を眺める僕の隣で、彼女は言った。
「アンタ――この子が視えるの?」
それからこの、幼女のような老婆なのか、老婆のような幼女なのか、良く分からない怪異との心温まる一件を経て。
僕と彼女――家隠囮と瑞々汐遠の関係は、現在に至る。




