第1話 休日の出遭い
あれは連休に入って三日目のこと。
日頃から――と自分で言うのもどうかと思うが――好かれやすい僕が、初めて人に好かれた休日の話だ。
『もしもし、私――――』
「僕に女子の知り合いはいない」
開口一番。顔も知らない某さんからの、執拗な迷惑電話を打ち切り、ついでにスマホの電源も落としておく。
おかげで暇をつぶす手段を失い、飯を買いに出たのが夕方の五時。黄昏色に染まる通りを、近くのスーパーへ向かう道すがら。
――どこからか、子供の泣いている声がした。
顔を向ければ、記憶にもない小さな公園だ。
声の主は幼い女の子らしい。彼女の隣には、派手で露出の多いお姉さん――いや、お姉さんという表現は訂正しよう。大胆な服装の、僕と同い年くらいの少女が寄り添っていた。
彼女は幼女の隣にしゃがみ込み、一生懸命宥めようとしている。
特に珍しくもない普通の光景だ。
僕にとっては違うというだけの、日常的な風景。
二人をなんとなしに眺めはしたものの、その時はそれ以上気にすることもなく。「ずいぶん歳の離れた姉妹だな」くらいの印象を最後に、そのまま通り過ぎた。我ながら薄情な感想だと思うが、他人の家庭事情に首を突っ込むほど、僕は暇であっても親切ではない。
その後、目当ての割引弁当を首尾よく手に入れ、満足して帰る途中。またしても聞こえてきた泣き声に、心なしか早まっていた足が止まる。
――どうも、あれから進展はなかったらしい。
二人はまだ同じ場所に留まり、相変わらず幼女は泣き続けている。それをまた呆と眺めていると、困った様な声が耳に届いた。
「よーしよーし。どしたー? ほーら。お姉ちゃんが手伝ってあげるから、話してごらん?」
「……大変そうだな」
浮かんだのは自分でもどうかと思うくらいの、他人事極まりない感想。まあ、実際に他人事なのだから間違ってはいない。
だが、幼女をしばし眺めて、僕の身体は戦慄した。
肌をぴりぴりと刺激する、些細な違和感。
現実と整合性の取れない事象を知覚して、脳がエラーを吐き出している。なぜ最初に気づかなかったのだろう。
幼女の身体越しに、背後の遊具がうっすらと透けて見えていた。
彼女は人間じゃなかったのだ。けれど、僕が慄いたのはそこじゃない。そんな『怪異』はとっくの昔に見慣れたものだ。いまでは道端で小銭を見つけるほどの驚きも感じない。
つまるところ、僕にとって幼女がどういう存在であるかは、その程度の出来事だった。
だから問題は隣の女の子だ。
彼女は幼女に『触れて』、『話しかけている』
「いい子だねー、泣かない泣かない。大丈夫。あたしが一緒にいてあげるから」
少女は人の良さそうな笑顔を浮かべ、根気よく声をかけ続けている。その周りには、他にも人がいた。
ベンチで休むサラリーマン。
遊具で遊ぶ小さな子と、その母親らしき女性。
みんな冷ややかな目を彼女に向けている。何もない空間に向かって話しかける様は、さぞ不気味に見えるんだろう。
見られているのは僕じゃない。なのに、過去に自分が浴びてきた同じ視線。その記憶が蘇り、胃が縮こまって逃げ出したい衝動に駆られる。
あまりにもあり得ない光景だ。
けど、だからこそ僕の興味関心を強く惹きつけた。
僕は自覚している。自分が異常であることを。
普段も人目を気にして、なるべく悟られないように振舞っている。それはひとえに、いま目の前にある光景を作り出すのが怖いからだ。
『普通でいたい。おかしな奴だと嫌われたくない』
だって僕は正常だから。いまだって毎日ネットや人伝に、この体質を改善できる方法を探している。占い師にも、宗教にも、怪しいサプリの広告にすら縋った。効果があった試しは一度もない。
それなのに……彼女は何をしているんだろう?
こんな人目に付く公園で、あんな目立つ見た目をして。周りには他にも人がいるのに。あの恐ろしくてたまらない奇異な目や、忌避する視線を向けられて。それに気付いていないわけがないのに。
「…………」
弁当の入った袋を握る手に、思わず力が入っていた。唾を飲み込む音がやけにうるさい。視界は色を失くし、彼女たちだけが色彩を残している。
――生まれて初めて見かけた、自分以外の視える人。
それはつまり、お腹が空いていたことも、微かに震える手足も、見ていた動画の気になる続きさえも忘れて――――
僕が公園へ足を向けるのに、十分な理由だった。




