第13話 警告とデート
聞いたキャプテンの話を要約すると――――
彼が求める『大切なモノ』とは、身体の一部などではなく。
特訓に捧げる『青春の時間』だった。
本来、キャプテンは呼び出した生徒を『徹底的に鍛える』怪異なのだそうだ。マンツーマンで向き合い、メニューを組み、アドバイスをする。いわばコーチやトレーナーのような怪異である。
それがいつの間にか、身体を奪う悪魔の契約のような話へすり替えられていたという。
「いまはまだ馬鹿言え。なんて笑えるが……俺がいつ噂通りのバケモンになるかは分からん。ここを動けない俺には叶恵くんのように、噂を食い止める術がないからな」
「……なんか。それって、最低な話じゃないですか」
汐遠の声から感情が消えていた。初めて会った時の、あの凍てつくような顔。酷く不快で、納得のいかない感情が胸を焼く。
「ふっ。おかしなやつらだ。最低も何も、俺たちはそういうものだってのに……二人しておっかねぇ顔しやがって」
「でも、それは本当のキャプテンとも、叶恵さんとも違うじゃないですか!……あたしは、それが許せない」
「ありがとよ。っていうところかね? それとそっちのお前さん、囮って名前だろ? 叶恵くんから聞いてるぞ。怪異を寄せ集める変わった奴がいるってな」
「好きで集めてるわけじゃないです。……キャプテン、何か僕に出来ることがあれば」
「馬鹿野郎。自分の心配をしとけ。特に、旧校舎には近寄るな。昼間だろうと、お前独りでは絶対に行くんじゃない。あそこにいるのは――――正真正銘のバケモンだけだ」
あの力強い彼が、はっきりと萎縮していた。その姿が恐怖となって僕の心に刻まれる。
そうして僕らは体育倉庫を後にした。
◇◆◇
不思議な気分だ。身を守るために調べ始めた怪異。だが今は、怪異よりも人間の方が恐ろしかった。
無自覚な悪意。噂する生徒たちに悪気はない。『その方が面白いから』と脚色された噂。だが、実体化してしまう怪異にとっては、死の通告に等しい。
「先輩、残りは更衣室だけですけど、行きますか?」
――『更衣室の盗殺魔』
『危険度:中(※死の危険あり。だが、回避は容易)
場所:更衣室。
概要:電気を消した更衣室に独りで入り、全裸になると殺されて、衣服を盗まれる怪異だ。
更衣室自体は俺にも使う機会はあるが、危険はないだろう。単に独りで入らず、脱がなきゃいいだけの話だからな。
七不思議として噂されてる中じゃ数少ない、『殺される』と明言されているところは、ちょっと気になるが。
実際に被害にあった話も聞かないし、それどころか更衣室で誰かが亡くなった事実さえ存在しない。
多分これは、最近七不思議に加わったデマだろう。よって気にしないことにする。以上』
「デマ、らしいですよ? でも、先輩は確認するんですよね」
「そうだな。どのみちもう最終下校時間だし、今日のところはここだけ見て終わろうと思う」
「真面目ですねー。あ〜ぁ。あたしとの放課後デートが終わっちゃいますよ?」
思わせぶりな言い回し。だが甘いな汐遠。
僕とて、そう何度も醜態をさらすつもりはない。
「……デートじゃないだろ。学園だし、周りに人だっている」
「そうですか……先輩はそんなふうに思ってたんですね。私は、そのつもりだったのに」
「え――?」
「嘘です」
「畜生!」
結局、引っかかってしまう単純な男。
紛れもなく僕は、馬鹿だった。
「そんな嘘ばかりついてると、誤解されても知らないぞ」
「誤解、じゃないかもしれませんよ?」
「もうその手には乗らねぇよ! 僕のピュアな心を弄ぶな」
「ちぇっ。先輩が汚されちゃって、あたしは悲しいです。あたしの好きだった綺麗な先輩は、もう居ないんですね」
「止めて? 分かっててもドキドキするから、普通に好きとか言うの止めて?」
「あはっ。先輩見てると、なんかあたし、母性本能が目覚めそうです」
「それは断じて母性本能なんかじゃない! お前に目覚めてるのは、玩具を見つけた悪戯心だ!」
「愛情表現だと思えば、同じじゃないです?」
「違ぇよ! 見事に別物だよ!」
「じゃあ、どっちが性癖ですか?」
「教えるか!」
「けちー。まぁでも、誤解してくれたらそれはそれで。あたしにとっては都合が良いんで」
「本性を出すな。そういうのは、ずっと隠しておけ」
なぜ汐遠はこんなにも余裕があるんだろう。危険は感じないのか。とは思う。だがそのおかげで、キャプテンの話が残した重苦しさは和らいでいた。
ウチの学園の更衣室は、体育館と新校舎を繋ぐ渡り廊下の途中にある。渡り廊下は中庭を横切る形になっていて、そこに更衣室用の部屋が作られている形だ。
「とはいえ……さすがに女子更衣室に僕が入るわけには行かないよな」
「え? あたしが見て来ればいいじゃないですか」
「いや、この噂は本当だったらヤバいだろ? だから僕が男子の方を見てくる」
「それだと独りになっちゃいません?」
「ドアを開けたまま電気もつけておく。脱ぎもしないし、何かあればすぐ出てくるよ。……今度はついてこないように」
「分かりました。けど、気を付けてくださいね?」
男子更衣室の鍵を回し、扉を開け放ったまま明かりをつける。
中には当然、誰もいない。
「奥も見てくる」
外の汐遠に声をかけ、部屋の奥へ進む。
更衣室は真上から見ると、ちょうど「日」字の形にロッカーが配置された作りだ。向かい合うロッカーの真ん中に、青い長椅子が置かれている。
仕切りになっているロッカーを抜け、奥側を見渡しても、何かが潜む気配はない。
(本当にデマだったか……)
肩の力が抜ける。
キャプテンのように、突然出て来たりもしない。
そう安堵した瞬間――――、
「きゃあぁぁぁぁっ!」
。
耳をつんざく汐遠の悲鳴が、扉の外から響き渡った。




