第11話 『ステージ下にある秘密の小部屋』
『ステージ下にある秘密の小部屋』は、いつの間にかそこに出現していた。
けれどよく見れば違和感だらけだ。まず綺麗な蒼い金属製の扉という異物感。そして、その扉が存在するスペースそのもののおかしさ。
引き戸を開けた時、収納庫の幅はステージの両端ぴったりだった。しかしいまは違う。右端に扉分の余白が生じ、そこに収まっているのだ。まるで初めからそうだったかのように。
「認識を誤魔化す怪異……なのか?」
「なんで急に見えるようになったんですかね?」
「噂を知った上で収納庫を全部開けるとか、何かの手順が必要だったのかもしれない。いや、それだと弱いか。引き戸を開ける順番にも意味があったのかもな」
「ふふっ。なんかいまの先輩、探偵っぽい。怪異探偵とか始めたらどうですか? イケるかもしれませんよ」
「その安直かつニッチな仕事を勧めて、僕をどこに向かわせる気だ」
「えー? いいじゃないですか個性的で。先輩が探偵で、あたしは助手。みたいな関係って憧れません?」
「そんな仕事利益出ないぞ。つまり僕らの給料もない」
「それに嫌気がさしたあたしは独立して、先輩の商売敵に……やがて存在意義を見失った先輩は、ボロビルの屋上で『どこで間違えたんだろう』と呟いて飛び降り――」
「未来視か!? 出なけりゃお前はタイムトラベラーだな!? いますぐ僕の未来を変える方法を教えろ!」
生々しく想像できてしまう未来だった。冗談じゃない。僕は普通に生きるんだ。
「あはは! 現実にならないように頑張ってください。それでー……どうします? コレ」
「……開けてみよう」
「おぉ。先輩が珍しく男らしい決断してる」
「一言余計だよ」
軽口を叩きながら、扉の中央にある金属の輪っかを握る。鉄の冷たい感触。幻ではない、確実にここにある。
握った輪っかを両手で捻り、体重をかけて引き寄せた。
「ふんっ! ……んぎぎぎ」
――びくともしない。
「駄目だ。まったく手応えもないや」
「メモにも『誰一人開けることのできない』ってありましたね」
「あ……」
細かい所だけど、アレはそういう意味になるのか。開かないものとして定義されてる扉の怪異。
「じゃあコレ、結局なんだったんだろう?」
相変わらず扉の中から、微かに音は鳴り続けている。
時計の針が刻むような、一定のリズムを保ったまま。
「……先輩、ちょっといいですか?」
汐遠が隣に並んで、左の輪っかを両手で握る。
「先輩はそっち側お願いします」
「ん? あぁ、二人でやってみるってことな」
誰一人開ける事の出来ない――なら、二人でやった場合は?
言葉遊びだけど、試してみる価値はあるかもしれない。
僕も右を握り、顔を見合わせる。
「「せー、のっ!」」
掛け声とともに思い切り引いた、その瞬間。
何かが外れる音がして、拍子抜けするほどあっけなく手応えが抜けた。
(まさか、開いた――?)
「うっ!?」
同時に、それは僕の耳に届いた。
まるで世界そのものにヒビが入り、砕けるような繊細な音。
視界が、空間が、大きく歪んで渦を巻く。激しい眩暈に頭を抱えると、倒れかけた僕を汐遠が支えてくれた。
「先輩? 大丈夫ですか!?」
「……汐遠は、何も感じなかったのか?」
「え? はい、別に何も……」
軽く頭を振ると、視界は元に戻っていた。
今の音と歪みは何だったんだろう。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
離れた彼女とともに、開いた扉の中を覗き込む。だが、そこには深い闇が詰まっているだけだった。気づけば「コン、コン」という音も止んでいる。
「……入ってみる。汐遠はここで待っててくれ」
「気をつけてくださいね」
慎重に足を踏み入れ、スマホのライトで照らす。けれど何も見当たらない。二畳ほどのがらんどう。冷たい暗闇。
「本当にただの空洞ですね」
「汐遠……外で待っててって言っただろ」
「気になっちゃいました、えへへ」
「はぁ……何もなくて良かったよ。ホントに」
舌を出す彼女に呆れながら、部屋を出て扉を閉める。
「結局、なんだったんでしょう? この部屋」
得体のしれない後味の悪さだ。
さっきの音や現象の正体が掴めない。
答えが無いということが、こんなにも気味の悪いものだとは思わなかった。
「先輩、次はどうします?」
僕の不安を他所に、汐遠は早くも小部屋への興味を失ったらしい。
「『体育倉庫の熱血キャプテン』に行こう」
収納庫を戻して鍵をかける。
「あ……消えちゃった」
汐遠の声に振り返ると、あの蒼い扉は跡形もなく消え去っていた。
◇◆◇
体育館内の倉庫へ移動し、鍵を開ける。
『体育倉庫の熱血キャプテン』は、弘人のメモ帳によると――――、
『危険度:ゼロ。
場所:体育倉庫。
概要:新校舎だから噂の出処は、割と最近なのかと思っていたが、そうでもないらしい。旧校舎しかなかった十年以上前から、七不思議の一つとして存在していたそうだ。
噂の元は、厳しい練習中に不慮の事故で亡くなった運動部のキャプテン。彼が何部だったのかは、人によって話が違って分からない。
体育倉庫に独りで入り、奥のボール入れの前で、自分の苦手なスポーツの道具を床に置く。その道具に向かって「キャプテン、私を勝たせてください」と三回唱えれば儀式は完了する。
すると、荒々しい声がして、こう言われるそうだ。
「勝ちたければ、お前の大切なモノを捧げろ」
この声を聞いてしまった生徒は、驚異的な運動能力を得る。だが代償として、勝利するたびに自分の健康な身体の一部を、少しづつキャプテンに奪われてしまうという』
「ゼロ、ですか。まあ、そうですよね」
「弘人にとって危険かどうかだからな。僕も勝ちたいスポーツなんてないけど」
跳び箱やマットを抜け、ボール入れの前まで進む。
「噂だと、独りじゃないと出ないんですよね?」
「ああ。でも、さすがに試す気はないから――」
……ここまで近づいても何の反応もない、か。
「次に行こうか。これなら――」
そう口にした途端。
汐遠が大きく肩を震わせ、僕の背筋にも極限の寒気が走った。
小部屋の時とは違う。旧校舎の彼女や叶恵さんと同じ、明確な怪異の存在感。
「先輩……コレって」
汐遠の声を遮るように、薄暗い倉庫へ威圧的な音が響き渡る。
「お前たち――ここで何をしている?」




