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第8話:王子の無理難題と、逃げられない要件定義

 1階の応接間の扉を開けると、そこには昨日と全く同じ、いや、昨日以上に地獄のような光景が広がっていた。


 上座では銀髪(シルバーブロンド)のアルマ殿下が目をキラキラさせており、その後ろでは側近のカイルさんが死んだ魚のような目をしている。

 そして下座の父・コンラッドに至っては、過度なストレスにより、もはや魂が半分抜けかけていた。


「おお、来たなライナス! 遅いぞ!」


 部屋に入るなり、アルマ殿下はソファから身を乗り出してビシッと僕を指差した。


「決定したぞ! 今日から私とお前は、新型冷却魔法陣の『共同研究』を行う!」


(…………は?)


 僕の脳内のシステム管理者が、盛大なエラーメッセージを吐き出した。


(勝手にプロジェクトを立ち上げるな。仕様書は? 予算は? そもそも稟議は通ってんのか? 顧客(王族)の思いつきでいきなり開発がスタートするとか、典型的なデスマーチの始まりじゃねーか!)


 内心で盛大に毒づく僕をよそに、アルマ殿下はドヤ顔でプレゼン(という名の無茶振り)を続けた。


「私の王城にある個人研究室も、夏場は魔導炉の熱で暑くてかなわんのだ! だから、お前のあの技術を私の研究室 (ラボ)にも導入 (デプロイ)しろ!」


「……殿下。大変光栄なお話ですが、僕の部屋にあるのは、あくまで狭い空間用のあり合わせの魔法陣です。王城の広い研究室を冷やすほどの出力 (リソース)はありませんよ」


 僕はやんわりと要件を突っぱねようとした。


 昨日の魔導クーラーは、言わば『技術的負債』の塊だ。プロトタイプをそのまま本番環境(王城)に持っていけば、絶対にどこかで不具合 (バグ)が出る。

 それに、僕にしか直せないようなシステムを王城に組み込んだら、保守運用のために一生呼び出されるハメになる(完全なベンダーロックインだ)。そんな面倒は御免だった。


 しかし、魔法オタクの王子はニヤリと笑った。


「だからこその共同研究だ! 私の構築した高出力な魔力理論と、お前の無駄のない最適化ロジック……その二つを融合 (マージ)させるのだ! お前の術式は美しい。私と組めば、もっと素晴らしい魔法陣が書けるはずだ!」


(うわぁ……完全に技術オタクが『一緒にペアプログラミングしようぜ!』ってテンション上がってるやつだ、これ)


 いきなり王城全体のインフラ改修ではなく、個人の研究室での小規模な検証(PoC)から始めるというスモールスタートな提案自体は、プロジェクトの進め方として悪くない。

 だが、相手は絶対的な権力を持つ王族である。途中で「あれも追加しろ」「これも冷やせ」と要件が膨れ上がる(スコープクリープ)のは火を見るより明らかだった。


「いや、しかしですね。僕はしがない没落貴族の三男坊でして、王族の方と共同研究など恐れ多くて……」


「ライナス殿……」


僕がのらりくらりと逃げを打とうとした時、殿下の背後にいたカイルさんが、ふらり、と一歩前に出た。


「殿下は……昨日の夜からずっと、貴方の魔法陣のレイヤー構造について語り通しでして……私は一睡もしておりません……。どうか、お話だけでも……」


 目の下に濃いクマを作ったカイルさんが、祈るように僕を見た。

 その顔は、無謀なスケジュールを組む上層部と、現場のエンジニアの板挟みになってすり減った『中間管理職』そのものだった。


(……あー、クソ。この顔見せられたら、同業者として見捨てられないじゃん)


 前世のIT企業での記憶が、僕の良心をチクチクと刺激する。

 隣を見れば、父上も「頼むから穏便に引き受けてくれ」と目で訴えながらガタガタと震えている。


 完全に退路は断たれていた。


「……はぁ。わかりました」


 僕は特大のため息を吐き出し、アルマ殿下を真っ直ぐに見据えた。


「引き受けます。……ただし、事前にきっちり要件定義(仕様のすり合わせ)をさせていただきますからね。開発途中の仕様変更は一切受け付けません」


「ふははっ、言ったな! 良いだろう、私の頭脳とお前の技術で、王城一の冷却システムを構築してやろう!」


 無邪気に笑う王子と、安堵のあまりソファに崩れ落ちる父。

 かくして僕は、引きこもりライフを満喫するはずが、超絶面倒なVIPクライアントとの共同開発プロジェクトに巻き込まれることになってしまったのである。

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