第7話:自室のファイアウォール構築と、健康寿命の最適化
王子の襲来(特大インシデント)から一夜明けた翌日の午前。
僕は朝から自室のドアの前にしゃがみ込み、特殊な魔力インクでせっせと魔法陣を描き込んでいた。
(昨日はまんまと侵入 (ブルートフォースアタック)を許してしまったからな。早急にセキュリティパッチを当てなければ)
僕が構築しているのは、特定の『魔力波長 (生体情報)』を持つ者しかドアノブを回せないようにする、高度なロック魔法陣だ。前世のIT用語で言えば、アクセス制御リスト(ACL)を用いた『ホワイトリスト方式』のファイアウォールである。
(メインドアだけじゃない。バスルーム側の共有ドアも、バックドアになりかねないからな。しっかりパッチを当てておかないと)
最後の術式を書き終え、魔力を流し込む。魔法陣が淡い青光りを放ち、ドアノブに吸い込まれるように消えていった。
「よし、本番環境へのデプロイ (実装)完了」
僕が満足げに立ち上がった、まさにその時だった。
「ライナスー! 今日もあっついなー! 涼ませてくれー!」
廊下の向こうから、今日も朝から庭で剣を振り回していた次男・ヴァンス兄さんが、ドタドタと足音を立てて走ってきた。ヴァンス兄さんは勢いよく僕の部屋のドアノブを掴み、ガチャリと回そうとした。
バチッ!!
「うおわっ!? なんだこれ、ビリッとしたぞ!?」
「ごめん、ヴァンス兄さん。この部屋、今日から『魔力認証システム』を導入したんだ。汗だくの野生児は拒否(403 Forbidden)される仕様だよ」
「なんだよそれ! ……へへっ、ならこっちだ!」
ヴァンス兄さんはニヤリと笑うと、隣の共有バスルームへと走り込んだ。そこから僕の部屋へ繋がる脱衣所のドアを開けようとしたのだが……。
バチバチッ!!
「あだだだっ!? こっちもかよ!!」
「バックドア(裏口)の脆弱性対策も万全だよ。諦めて」
「くっそー! わかったよ! 風呂入って汗流してくればいいんだろ! 身体を綺麗にすれば、俺のアカウントも有効になるんだな!?」
単純な思考回路で風呂場へ去っていく足音を聞きながら、僕はふぅと息を吐いた。
(さて……。平和が戻ったところで、次は『健康管理 (ヘルスチェック)』の改善だな)
前世の僕は、深夜までの残業と運動不足で心臓をやってしまった。
この世界では、長生きしてダラダラ過ごしたい。ならば、引きこもるにしても体力は必要だ。
実は先日、屋敷の倉庫で古びた『魔導式ルームランナー』を見つけたのだ。昔、母上がダイエット目的で購入し、三日坊主で埃を被っていた代物らしい。
父上に「母上がいらないと言うならいいぞ」と許可(承認)をもらい、当然母上からも快諾を得て、晴れて僕の所有物 (アセット)となった。
これなら線が細く体力のない8歳の身体でも取り入れやすいからな。うんうん。
「まずは埃の掃除からだな。さて、どんな風に改造 (アップデート)していこうかな? やっぱり快適さ重視だよな……」
ブツブツと独り言を言いながら、僕は壊れていた駆動回路を直し、昨日の魔導クーラーの技術を応用して組み込んでいく。走れば走るほど快適な涼しい風が吹く、究極の屋内トレーニング環境の構築だ。
クリーニングとコーディング(魔法陣の書き換え)に40〜50分ほど没頭し、ついに本番デプロイが完了した。
「よし、試運転 (テストラン)といくか」
マシンの上で走り始めて10分少々。徐々に体が温まり、連動して吹いてくる涼しい風が最高に気持ちいい。前世のデスマーチ中には夢にまで見た贅沢な時間だ。
「あぁ……涼しい中で走れるなんて。このままご臨終してもいいくらい幸せだ……」
34歳の魂を持つ8歳児は、ランニングマシンの上で軽く汗を流しながら、感慨深げに呟いた。
コン、コン、コン。
しかし、至福の時間は長くは続かなかった。
試運転も軌道に乗り始めた矢先、礼儀正しい3回のノック音が響いた。
「……ライナス坊ちゃま。ノーマンでございます」
登録者であるノーマンだ。僕はマシンの上から軽く息を弾ませつつ「開いてるよー」と声をかけた。
ガチャリとドアが開き、入ってきたノーマンの顔を見て、僕はギョッとした。
温厚な初老の執事は、昨日にも増して顔面蒼白になり、小刻みに震えていたからだ。
「ど、どうしたのノーマン。また誰か来たの……?」
嫌な予感がして尋ねると、ノーマンは絶望的な声で告げた。
「は、はい……。アルマ殿下が、本日は『魔法陣の共同研究』という名目で……すでに旦那様が応接間で対応しておられますが、昨日よりもお顔の色が……」
(…………ブッッッ!!!)
僕の脳内で、再びけたたましい緊急アラートが鳴り響いた。
(嘘だろ!? 昨日『また来るからな』とは言ってたけど、まさか翌日に連投(連続アクセス)してくる奴がいるか!? しかも『共同研究』ってなんだよ! 完全に仕様外のプロジェクト立ち上げじゃねーか!!)
僕は頭を抱えた。
自室のドアにどれだけ強固なファイアウォールを築こうとも、物理的に屋敷(オンプレミス環境)の応接間に侵入されてしまっては、中間管理職の父が過労死 (システムダウン)してしまう。
「……すぐ行くよ。父上が倒れる前に」
かくして僕は、完成したばかりの完璧なセキュリティルームを後にし、昨日よりもさらに面倒な予感しかしない応接間へと、再び重い足取りで向かうことになったのである。




