第6話:王子のトンネルビジョンと、温度差の激しい食卓
ガチャリと自室の扉を開け、僕はアルマ殿下を中へと促した。
「どうぞ、むさ苦しい部屋ですが……」
「ふん、没落貴族の部屋など期待はして……な、なんだここは!?」
部屋に足を踏み入れた瞬間、10歳のアルマ殿下は目を丸くして叫んだ。
初夏のむせ返るような廊下の熱気から一転、僕の部屋の中は『魔導クーラー』によって完璧な適温と、さらりとした空気に保たれていたからだ。
「す、涼しい……!? いや、ただの氷魔法の冷気じゃない。もっと自然で、部屋全体が均等に冷やされている……! おいライナス、あの部屋の隅にある送風機はなんだ!?」
「あー、あれはただの旧式の魔導具に、少し冷却の魔法陣を書き足しただけで……」
「見せろ!!」
アルマ殿下は僕の返事も聞かず、一直線に部屋の隅の魔導クーラーへと駆け寄った。
その後ろ姿を見ながら、僕は内心で盛大にツッコミを入れていた。
(いや、ベッドで爆睡してるヴァンス兄さんは完全スルーかよ)
「(……はっ)名乗るのが遅くなりました」
ふと、横から疲労の滲むトーンで、声をかけられた。
見ると、アルマ殿下の後ろに控えていた青年が、僕に向かって深く頭を下げていた。
「私は殿下の側近兼護衛を務めております、カイルと申します。この度は突然の訪問、そして我が主の度重なるご無礼……誠に申し訳ありません。以後お見知りおきを」
「あ、いえ。ライナス・フォン・フォールです。こちらこそ……」
(この人も、完全に『上司の無茶振りに振り回される中間管理職』の顔だ……)
申し訳なさそうに眉を下げるカイルさんの表情に、僕は前世のIT企業時代を思い出し、深いシンパシー(共感)を抱かずにはいられなかった。
そうこうしている間にも、僕のベッドの上では、先ほどまで炎天下で剣の素振りをしていた次男のヴァンス兄さん(11歳)が、汗だくのまま大の字になって「グゴォ……」と盛大ないびきをかいている。
しかし、魔法技術のことで頭がいっぱいのアルマ殿下の視界 (センサー)からは、むさ苦しい野生児の姿など完全にフィルタリング(除外)されているらしい。
「カイル! 見ろ、この陣の構造! 魔力変換のレイヤーが完全に分離されているぞ! これなら熱暴走を起こさずに長時間の稼働が可能だ!」
カイルと呼ばれた青年が、慌てて殿下の背中を追うように歩み寄る。
「で、殿下……いくらなんでも他人の部屋の魔導具に顔を近づけすぎでは……(それに、あちらで寝ておられるご令息にもご挨拶を……)」
胃を痛めているカイルさんの小言も、アルマ殿下には全く届いていない。
結局、王子は1時間近く僕の魔導クーラーの構造をブツブツとメモし、「今日はこのくらいにしておいてやる! また来るからな!」という謎の捨て台詞(……それ、次回予告かよ)を残して、嵐のように帰っていったのだった。
バタン、と屋敷の玄関が閉まる音が響き、完全な静寂が戻ってきた頃。
ドサッ!
「いったぁっ!?」
自室のベッドから鈍い音がしたかと思うと、寝返りを打ったヴァンス兄さんが床に見事に落下した。
目をこすりながら身を起こした兄は、大あくびをしながらポツリと呟いた。
「ふぁ〜……よく寝た。なぁライナス、俺、お腹すいた……」
(……この図太さ、ある意味で最強のファイアウォールだな)
僕は呆れ半分、羨ましさ半分で、平和ボケした兄の頭を撫でてやった。
◆◆◆
その日の夕食。
フォール家の食卓には、かつてないほどの「激しい温度差」が生まれていた。
「……今日は……寿命が10年は縮んだ……」
上座に座る父・コンラッドは、10歳は老け込んだような顔で、スープをすくう手すら震えている。王族という特大のインシデント対応(VIP接待)を一人で背負わされた中間管理職の末路である。
しかし、そんな父の悲哀をよそに、食卓の空気はどこまでも呑気だった。
「あら、あなた。お顔の色が優れないわね。お留守番の間に何かあったの?」
昼間はお茶会で外出していた母・シルヴィアが、おっとりと首を傾げる。
「僕も王立学園に行ってたから分からないな。平和な一日だったんじゃないのか?」
真面目な長男のクレスト兄様(14歳)も、涼しい顔でパンをかじっている。
「俺なんて、ライナスの部屋が涼しすぎてずっと寝てたぜ! あー、今日の肉うめぇ!」
一番の特等席で王子の襲来をスルーしたヴァンス兄さんに至っては、両手で骨付き肉を頬張っている始末だ。
(……インシデント(王子の襲来)に巻き込まれたの、見事に僕と父上だけか)
家族の平和なやり取りを眺めながら、僕は小さくため息をつく。
「また来るからな」という王子の言葉が、未解決のアラートのように頭の中で鳴り響いていたが……今は考えないことにしよう。
とりあえず、明日は自室のセキュリティレベル (アクセス制限)をアップデートすることから始めなければならない。




