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第5話:自室の魔導クーラー(鯖室冷却システム)と、突然のVIP来訪

 8歳の誕生日の翌日。


 僕は自室のベッドに寝転がりながら、昨日手に入れたばかりの『メガネザル』の魔導設計書(技術書)をパラパラとめくっていた。


(なるほど、魔力変換のレイヤー構造か。これなら、熱エネルギーの排出 (エキゾースト)を完全に分離できるな)


 初夏の日差しが差し込む部屋は少し蒸し暑かったが、今の僕の部屋は最高に快適だった。

 なぜなら、部屋の隅に置いた旧式の送風魔導具に、先ほどの知識を活かして「冷却魔法陣」をアドオン(追加実装)したからだ。


(サーバーラックの冷却不足は熱暴走 (システムダウン)の元だからな。人間も同じだ。常に適温を維持する空調アーキテクチャこそ、引きこもりライフの要である)


 ひんやりとした涼しい風を浴びながら、僕は至福の時間を過ごしていた。


 バンッ!!


 突然、ノックもなしに扉が開かれ、庭での剣の素振りを終えた次男のヴァンス兄さん(11歳)が飛び込んできた。


「あーっ、暑い暑い! ライナス、ちょっと水もらって……って、なんだこれ!? この部屋、めっちゃ涼しいじゃん!!」


 炎天下から飛び込んできたヴァンス兄さんは、部屋の異常な快適さに目を丸くした。

 そのままフラフラとテーブルへと向かい、ピッチャーからコップに水をなみなみと注いで一気にガブ飲みする。


「ぷはーっ! 生き返るぜ!」


「ちょっとヴァンス兄さん、汗臭いから自分の部屋に戻ってよ……」


「やだね! 決めた、俺今日からここで寝る!!」


 僕の抗議も虚しく、ヴァンス兄さんは日に焼けた褐色の肌から汗を滴らせて僕のベッドにダイブしてきた。

 仕方なく僕が端に寄り、二人で並んで寝転がる形になる。


(……はぁ。まあ、いいか)


 前世の僕(佐藤 巧)は三人兄弟の真ん中っ子だった。実家でもよくこうして、兄や弟にベッドのスペースを奪われていたな……と、懐かしい記憶が蘇る。

 そのせいか、上からの無茶振りにも下からのわがままにも慣れきっており、基本的に家族に対しては甘い(セキュリティがゆるい)のだ。

 涼しい顔で寝息を立て始めた兄を横目に、僕は本に視線を戻した。



 それから数十分後。


 コン、コン、コン。


 今度は礼儀正しい3回のノックと共に、執事のノーマンが顔を出した。


「ライナス坊ちゃま。旦那様が応接間へ来るようにと……急ぎでございます」


「ん、わかった」


 普段なら温厚なノーマンの顔が、なぜか引きつっている。嫌な予感を覚えつつ、僕は本を置いて1階の応接間へと向かった。



◆◆◆



 応接間の扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。


 上座のソファには、やたらと豪華な服を着た銀髪(シルバーブロンド)の男児が、ふんぞり返って紅茶を飲んでいる。その後ろには、胃が痛そうな顔をした護衛らしき青年。

 そして下座では、僕の父・コンラッドが、今にも気絶しそうなほど顔面蒼白になって震えていた。


「ち、父上……?」


 僕が声をかけると、上座の男児がパッと顔を輝かせて立ち上がった。


「おお! 来たな、ライナス! お前がライナスだな!?」


 ビシッと僕を指差し、彼はこれ以上ないほどのドヤ顔で胸を張った。


「お前もよく知っているだろうが、あえて名乗ってやろう! 私はこのヴァルゼリア王国の第一王子、アルマ・ディ・ヴァルゼリアだ!!」


(…………え? 王族なのに自分でフルネーム名乗っちゃうの? どんだけ構ってちゃんなんだよ……)


 あまりの自己顕示欲の強さに、僕は思わずドン引きしてしまった。

 と同時に、数秒のロード時間を経て、僕の脳内データベースが昨日の路地裏の記憶と目の前の少年を照合 (マッチング)した。


(あいつか! 昨日の路地裏で双輪機蹴っ飛ばしてた生意気なガキ! っていうか、わざわざ馬車の紋章 (IPアドレス)から身元を特定 (トレース)して押し掛けてきたのか!? ストーカーかよ!!)


 去り際に『別に礼はいらないから』という処理終了 (クローズ)のフラグを明確に立てておいたはずなのに、まさかの強行突破 (ブルートフォースアタック)である。


「殿下、わざわざ三男の落とし物を届けてくださるなど、もったいなきお言葉……ですが、このようなむさ苦しい屋敷でのおもてなしは……」



 震える声で絞り出す父。

 なるほど、「僕の落とし物を拾った」という口実で上がり込んだのか。どんだけ非常識なんだ、この王子。


「構わん! 私は彼に直接礼を……いや、落とし物を返して、少し話がしたいのだ」


 そう言うと、アルマ殿下は懐からやたらと豪華な『王家の紋章入りハンカチ』を取り出し、僕の顔のすぐ近くまでグイッと突きつけてきた。


「……な? これ、お前が落としたものだろう?」



(いや、どう見ても王族専用の特注品だろうが!)


 僕の内心のツッコミをよそに、アルマ殿下は「お前のものだと言え」という、まさに横暴なガキ大将のごとき理不尽な圧力 (プレッシャー)をかけてくる。


「そうだ、ライナスの部屋を案内してもらおうか!」


 ニヤリと悪だくみをする王子に、父は完全にフリーズしている。

 一介の没落貴族が、王族の要求を撥ね除けられるはずがない。完全に「断れない(エスカレーション不可の)案件」だ。


(……あーあ。これは僕が引き取るしかないやつだ)


これ以上の不可抗力で父がシステムダウン(過呼吸で気絶)する前に、僕はため息を一つ飲み込み、王子に向かって完璧な営業スマイルを浮かべた。


「……わざわざありがとうございます、アルマ殿下。どうぞ、僕の部屋へ」


かくして僕は、最高に面倒くさいVIP顧客(王子)を、ヴァンス兄さんが爆睡している自室へと案内することになってしまったのである。

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