第70話:ドライアイ注意報
──ピロン♪
基幹魔導核 (メインサーバー)の正面ホログラムから、ひょっこりと可愛らしい『梟』と『零鳥(雷鳥)』の点描画 (グラフィック)がポップアップし、ライナスとアレン様、2人の瞳が、上からゆっくりと読み込まれていく。
『ライナス・フォン・フォール、管理者権限認証──地脈との主契約、完了(ALL GREEN)』
『アレン・スターリング、管理者権限認証──地脈との主契約、完了(ALL GREEN)』
『最高権限認証──二国間完全同期手続き (プロトコル)、承認』
──その瞬間だった。
バチバチバチッ!!! と制御室の空間全体が、目も眩むような鮮やかな魔力の光で満たされた。
システムじゃない『地脈 (マナ)』が、112年ぶりに正当な双子の血筋の網膜 (データ)を真に認識したのだ。
2人の瞳から網膜の魔導信号が基盤の最深層へとダイレクトに流し込まれ、歴代の技術者たちが112年間、その都度適当に上書きし続けてきた「ゴミデータの山へ」、ものすごいスピードでクリーンな術式への強制書き換え (オーバーライド)の処理が走る。
「……っ、ライナス君、自分の『零鳥』のラインから同期セクターの最適化(クリーン化)をかけます!」
「了解です、アレン様! 僕は『梟』の隠し基幹術式から、過去のクソパッチを全部まとめて削除 (デリート)します!!」
猛スピードで魔力の糸を走らせると、次々に処理されクリーンになっていく純白の魔法陣が、爆発的に変貌していき、まるで幾何学模様が幾重にも織り込まれるように2人の足元から、壁へ、天井へ、そして部屋全体へと、どんどん、どんどん広がっていく。
空間を埋め尽くしていた真紅の『[Critical]』の警告 (アラート)ポップアップが、上から順に、瞬く間に『[Clean]』を経て『[Success]』へと緑色の光に反転していく様は、まるで美しく洗練されたドミノ倒しを見ているようである。
それは、歴代の凡庸な技術者たちが百年以上かけても成し遂げられなかった、システムの根底からの「完全最適化(完全クリーン化)」だった──。
地脈の悲鳴となった地震が、嘘のようにピタッと凪いでいく。
一瞬の静寂の後、あまりの格好よさとカタルシスに、クスクス笑っていたカペラやポルックス、そしてノーマン、周囲の軍人たちから、地鳴りをかき消すほどの大拍手と大歓声が巻き起こっていた。
「おおおおお!! 繋がった、同期が始まったぞーーー!!」
(笑いたきゃ笑えよ、と言っていたライナスも、この時ばかりはアレン様と顔を見合わせて、ドヤ顔の極み。不敵な笑みを浮かべた──)
『――[Success] マストリア合衆国・ヴァルゼリア王国のリアルタイム同期が完了しました』
『──[Info] 40,933日(112年と25日)間の未処理情報を確認』
『――[Info] 大容量のデータ差分を修正するため、地脈回線の負荷均等化モードが自動起動します。【35,046時間12分(約4年)】次のセクターへのアクセスまでロックされます』
「「まぁ……。そうなりますよね」」
同期が完了したとポップアップが上がるのを見るや否や、ライナスとアレン様はハモった。
技術的な意見が同じであるという証拠の現れでもあったこの言葉には当然の成り行きであると、悟ったのだ。
「4年後ですね」
ライナスが静かに、疲労困憊の疲れ切った表情で、アレン様に伝える。
「そうなりますね」
素直な気持ちでアレン様も答える、そして同様にお嬢様の顔にも疲労が貼り付いていた。
バンッ!!
勢いよく制御室の扉が開かれた。
「ライナス!! 待ちくたびれたぞ!! 終わったんだな? な?」
そう、アルマ殿下が飛び込んで来たのだ。
「あぁー。アルマ様。ご無事でなによりです。カイルさんも。はい、終わりました。やっと……」
感情は何処へ行った?という具合にライナスは棒読みのセリフを口にした。
(近いって、この圧は健在だな、まぁそうだよね、『飽きたぞ』ってことでしょ? わかるよ、わかるけどさ)
「ライナス様もご無事でなによりです」
カイルさんが苦笑い交じりに返事をくれる。
「さぁ、ライナス、観光、じゃなかった、後学のためにこの国の魔道具を見に行くぞ!」
「え? 今からですか? 少し休ませてください。僕もう眠いんですよね」
(本音が駄々洩れですよ? アルマ殿下らしいけどさ、というかもう限界……)
目の下のクマは人生最高に黒かった。
◆◆◆
瞳をカッと見開いて笑われたあの日から2週間……。時が経つのは早いものである。
いつもの日常を取り戻していた。ここは殿下専用の研究室。
(はぁ、それにしても思い出すだけで目が乾く。112年もの間、適当に引き継いできたせいで、あんなに雑な引継ぎメモしか残ってないとかマジで迷惑極まりない。まったく……。恥ずかしい)
ライナスが心の中で過去のクソ仕様(お団子コード)に毒づきながら、うっすらと耳が赤く染まりかけたところで声がした。
「な? な? ライナス? 聞いてるのか?」
「ん? なんですか? アルマ殿下」
ライナスは呼ばれた方へと体ごと向き直る。ゴチン!!
「痛っ!近っ!」
「ぶへぇっ」
変な声がもれ出た殿下と勢いよくおでこと衝突。おでこは固いからそりゃお子様とはいえ痛かろうて。
いつも距離感を間違う殿下と物理的な衝突事故だ。
「おっ、すまんすまん、やっと気が付いたか、何度も読んだのだぞ、な? ここどう思う?」
ぶつけたおでこをさすりながら殿下が「グォーッ」と異音がする魔道具を指さした。
「あぁ、すみません。集中しちゃいました。はい、どこ?」
ライナスもおでこをさすりながら、殿下の指先に視線を落とす。
「ここだ、どうしても熱がこもるんだ、循環術式をここと、ここに、入れてみたのだが、どうも最適化されたとは思えんくてな?クソ仕様にしか思えんのだ」
「あぁーなるほど……。確かにこりゃクソですね」
ライナスが笑いながらそう言うと殿下がフンスと腕を組む。
「だろ?」
つられて腕組をしながらしゅん巡するライナス。
「……そうか、気化熱の原理を使うんですよ、だから、一度ここで水蒸気を発生させてですね、周囲の熱を一緒に奪うんです。そうすると魔石の消費量も減らせるんじゃないですかね。これぞまさに省エネですよ」
「省エネ?」
ライナスの言葉に首を傾ける殿下。そんなのはお構いなしに続ける。
「あぁーなのでここを循環させて、こっちはこうじゃなくて、位置を変えて、ほらこれでこの悩ましいクソ仕様が見事に最適化されますよ」
魔導具の異音が収まり、青い魔力の光が澄んでいく。
「おおー!!さすがライナス」
にっこり微笑んでまた2人は、こりずにおでこがくっ付きそうな距離で魔道具の構築に勤しむ。
いつの頃か交わされた強引な約束……。新型冷却魔法陣の『共同研究』を実現するため、今まさにそれは誕生しようとしていた。
王宮中を快適にするべくライナスが殿下に声をかける。
「これで準備完了です。アルマ殿下」
「おお!いよいよだな!始めてくれ!!」
ライナスは殿下の号令のもと魔法陣に魔力を流し込む。
「よし! 試運転だ、さぁ、始めますよ!!」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
ライナスとアルマの出会いから始まったドタバタなデバッグの旅、これにて『本編は大団円』となります。
一文字一文字、大切に物語を紡いでまいりましたが、読者の皆様がページをめくってくださるその温かいアクセスこそが、何よりの励みでした。皆様との出会いに、心から感謝いたします。
──ですが、彼らの賑やかな日常は、これで終わりではありません!
明日からは、数話にわたる『後日談・番外編』の投稿がスタートいたします。
彼らが次にどんな仕様を迎えるのか、完全完結まで、あともう少しだけお付き合いいただけますと幸いです。
それでは、明日の更新でまたお会いしましょう!
最高の読者の皆様に、最大級の感謝を込めて。
こけもも




