第69話:2分53秒前に回ってくるのは、世界の崩壊? それとも心の崩壊?
歪んだピンク色のホログラム文字がパチパチと弾け、綺麗に消え去るのを見届けたライナスは、ようやく椅子の背もたれに深く体を預けた。
(これでやっと、家に帰れる……! 疲れた──!!)
安堵の息を漏らす少年技術者に、フォール伯爵家の有能老執事ノーマンがハンカチを握りしめて駆け寄る。
「お疲れ様でございます、坊ちゃま! 本日、坊ちゃまが大活躍されたそのお姿、このノーマン、しかと瞼に焼き付けましたぞーーーっ!」
ボロボロと大粒の涙を流して我がことのように泣き崩れる老執事に、ライナスは(えぇ……なんでここで泣くの……?)と引き気味に視線をそらす。
そこへ、場にそぐわないほど凛とした足取りで、できるメイド・カペラが静かに歩み寄ってきた。
「お嬢様、こちらお気に入りのハーブティーでございます。ライナス様も、どうぞ一息ついて下さいませね」
ふわりと広がった爽やかな香りが、部屋の空気を優しく包み込み、一同を現実に引き戻す。
「ありがとう、カペラさん」
ルビーのように鮮やかな、燃えるような紅いハイビスカスとローズヒップのハーブティー。
アレン様は、度重なる修羅場にすっかり「悟りの境地」へと達したような表情を浮かべながら、お気に入りの紅色の液体に、ふぅ、と上品に息を吹きながら口にされた。
「……酸っぱくて、一気に目が覚めますね。ですが、悪くありませんわ」
戦場に流れた、本当に一瞬だけの和やかな安らぎの時間──。
──ビィィィィィィィッ!!! けたたましい警報音 (アラート)が、その平穏を容赦なく叩き割った。
室内の空中を埋め尽くすように、不気味に点滅する真っ赤な警告ポップアップが跳ね上がる。
『──[Warning] ヴァルゼリア王国(対向拠点)との同期エラー。地脈の完全全損まで、残り――13分00秒──』
網膜に飛び込んできた絶望的な数字。けれど、アレン様もライナスも、もう動じない。
(うん。もうね、慣れたんだ、僕……)
限界突破の危機的状況が何度も訪れすぎた結果、少年はかえって静かに、スンと冷静沈着に現状を解析する。
しかしながら──その瞳の奥の社畜根性(エンジニア魂)までは消えていない。
(だからさぁ! 僕の人生、たった8年で終わらせてたまるかよ、クソがっ……!!)
チクタクと無情に時を刻むタイマーが、カチッと音を立てて【残り12分00秒】を示した。
その瞬間。アレン様とライナスは、あらかじめ言葉を合わせたわけでもないのに、なんとなく同時に、呼吸を揃えて静かにそっと立ち上がる。
「「さて……」」
世界を救うための、最後の12分間 (デスゲーム)が始まった──。
幾度となく正式な管理者権限(生体認証)を重ねても、システムは「契約が必要です」と弾き続ける。そこへ、緊急時用の通信魔導具が火花を散らし、クロード主任からの声が途切れ途切れに響きだす。
『──ライナス! 聞こえるか、クロードだ……! マストリア合衆国の……地脈の急激な逆流が、こちらの……王宮基幹魔導核 (メインサーバー)でも検知された。まさか同期に失敗したのかい? ……あれ? スターリング侯爵家の管理者様はご一緒じゃないのかい?』
「あっ、クロード主任ですか? すみません、その、同期がエラーで弾かれてるんです。あっ、アレン様もいらっしゃいます。僕たち、正式な管理者じゃないってことなんでしょうか、皆目見当もつきません」
ライナスが声を張り上げると、主任が続ける。
『契約?』
「はい、契約が必要と」
主任の問いにライナスが即答する。
『契約ね……。基幹魔導核は百年以上……歴代の技術者たちが、その都度適当なパッチをあてて暗箱(ブラックボックス)化させてきたものだからね。バグの上書きが繰り返されすぎている!』
ザザッと雑音が言葉を切る。
「確かに、そうですね」
『聞こえてるかい?』
「はい」
ライナスが短く返すと、主任が続ける。
『……それで、一見システム(梟)は動いていても、地脈 (マナ)そのものはシステムではないわけだからね。情報が、文字化けして……地脈に届いていないんじゃないかな──』
そこで再びザザァッ、と雑音が交じり通信が完全に途絶。しかし、主任の指摘は歴史の盲点だと確信するには十分だった。
「システムと地脈は違う……文字化けか、確かに一理あるかもしれませんね!」
ライナスの言葉に、アレン様も同意の意志表示とともに顔を見合わせた。
ライナスが魔力の糸を操作し、過去の技術者たちが遺した「スパゲッティ状態(お団子状態)のクソコード」を必死に解きほぐす。
(クソッ、過去のパッチがゴミデータになって邪魔すぎる! あぶね、これか!? 消すとこだった……)
「それらしいものを見つけました。『4階層目にある管理者権限引き継ぎ、再契約方法を見よ』──よし、メモを出力します……えっと?」
出力された内容を覗き込んだ一同は、そこに書かれたあまりにも短い一行に言葉を失った。
【メインサーバーの正面に向けて目を開けて立て】
「「「……は?」」」
「え、これだけ!? 何これ、意味がわからないんだけど!」
考えている時間はない。タイマーが非情にも──02分53秒──を刻んだ、その瞬間だった。
ズズズ、と制御室全体が激しく揺れ始める。地脈の悲鳴(地震)だ。同時に、空中のホログラムがバチバチと激しく反転し、血のような禍々しい真紅の文字へと書き換わる。
『──[Critical] 地脈の完全全損まで、残り──02分53秒──』
「やるしかない、ですね、ライナス君」
(いやいや、本当に? 間抜けな絵面ではありませんか? なんの仕打ちなのでしょうか、自分の人生もう終わりです……)
アレン様の美しいお顔が、内心で完全に瀕死状態に陥っている。
「そのようですね、アレン様」
アレン様の静かな決意(?)を受け、ライナスも意を固める。
(シュールすぎるって、嘘でしょ? クソっ、マジで来るんじゃなかった! 罰ゲームにしてはひどすぎる。僕、そんなに日頃の行い悪いのかな!?)
2人は基幹魔導核の正面にピシッと並び、これでもか、と限界まで「目をカッ!!!!」と見開いた。凄まじいドヤ顔のドアップを、空間のセンサーに向けて固定する──!!
笑ってはいけない時ほど、人は笑いが込み上がるものだ。
後ろに控えるカペラが、口元を押さえてプルプル、プルプルと激しく震えだした。
声が漏れるのを堪えるカペラにとっても、これは時間との闘いである!
(笑いたきゃ笑えよー! クソーーー!!)




