第68話:Designed by Miracle / 113年目の構ってちゃん(バックログ)
歪んだピンク色のホログラム文字が、パチパチと弾ける健康的で眩い魔力の光へと反転していた……。
= = = = = = = =
国家プロジェクトである、地脈 (マナ)制御、基幹魔導核 (メインサーバー)『零鳥 (サンダーバード)』の巨大な地下室。そこは数多くの国家技術者 (エンジニア)や研究員たちが昼夜を問わずバタバタと行き交う、活気と熱気に満ちた閉鎖空間だった。
ヴァルゼリア王国のフォール伯爵家へ婿養子に入っている弟のレグルス(57)が、数年に一度の大規模メンテナンスのためにマストリアへ一時帰国していた。スターリング侯爵家の現当主である兄のアルタイル(57)と並び、白髪の混じり始めた髪の下、後世のアレンたちへと受け継がれていくスターリングの象徴──気品ある【琥珀色の瞳】を鋭く光らせた双子は、一般の研究員には決して触らせない、一族の血筋しか知らない最下層の『基幹術式(OS)』の主駆動輪 (メインコンソール)を死にそうな顔で紡いでいる。
そこへ、研究着姿の大人の女性技術者──異母妹のミラ(27)が、安物のお茶をガタッと雑に置いて鼻で笑う。すらりとした長身に、お兄様たちと同じ【琥珀色の瞳】を利発に輝かせた、凛としていながらもどこか茶目っ気のある美女だ。
「おやおや、マストリアが誇る大天才技術者様が、揃って幽霊みたいな顔をして何をしておいでですか?」
「……なんだミラクルか。お前、来月には他国へ嫁ぐんだから、少しは花嫁修業でもしたらどうなんだ」アルタイルが茶化す。
「は? そのお考え古いです! それに私の未来の旦那様も研究職なんですけど? 職人同士、私のこの腕一本で向こうの国でものし上がって見せますわ。それより兄様たち、私の出発前にこの『零鳥』のシステムを綺麗にしておかないと、私が仕込んだテスト魔法陣 (コード)で基盤ごと爆破して差し上げますからね」
「おい、冗談でもやめてくれ、ミラクルが言うと冗談に聞こえない。ただでさえ仕様書がゴチャついてるんだ」レグルスがため息交じりに返す。
「ふふーん、せいぜい頑張ってくださいな。じゃ、私は自分の研究室に戻りますので」
「じゃーね」と片手を軽く振って部屋を出るミラ。しかし彼女は、お兄様たち2人をあっと驚かせたい一心で、スターリングの管理者権限を使い、隠し基幹術式の裏に「悪戯という名の嫌がらせ」、そうこの時、壮大なかまってちゃんが発動したのだ、天才の軽い気持ちのサプライズ(のちのウイルス)をセットしていたのだった。
その数日後、制御室に詰めていた研究者の1人が、海外から持ち込まれた「悪性のはやり病」を発症。何十人もの人間がこもりきりだった閉鎖空間において、それは一瞬で爆発的な感染を起こした。
現場にいたアルタイル、レグルス、そして周囲の研究員たちは、防護服を着た医療チームによって即座に隔離病棟へと搬送される。しかし病の進行はあまりにも早く、ベテランの双子を含む開発チームは、お互いに言葉を交わすことすら許されぬまま、あっけなく全員が帰らぬ人となってしまったのだ。
別棟の研究室にいたため、奇跡的に感染を免れたミラ。しかし、大好きだったお兄様たちのあまりにも突然の死に激しいショックを受け焦燥しきっていた。
さらにマストリアのスターリング侯爵家(アルタイルの息子)も、ヴァルゼリアのフォール伯爵家(レグルスの息子)も、天才技術者の同時喪失で大混乱に陥り、ミラの結婚式も「喪に服す」ために1年間の延期を余儀なくされることとなったのだ。
= = = = = = = =
1年後(112年前)
激動の1年が過ぎ、お兄様たちの跡取りへの技術継承のサポートも落ち着き、いよいよ彼(未来の旦那様)の国へ旅立つ準備が進む中、ミラはなんとも言えない胸のざわつき(もやもや)を感じていた。
「どうしたのかしら最近、やけにお兄様たちと1年前にここで作業していた姿が思い出されますわ。何か大切な記憶を忘れているような……んー、なんだったかしら……。……はっ!!」
記憶の片隅で眠っていた「あれ」を思い出した。と同時にフリーズするミラ。
「わ、わたくしとしたことが、あの悪戯魔法陣を『零鳥』の中に仕込んだまま、1年間も塩漬けにしていたなんて……!!! ど、ど、どうしましょう、このままだと地脈が暴走して私が国家反逆罪でお嫁に行けなくなってしまいますわ」
青ざめて慌てふためくミラ。しかしフゥーッと深呼吸をしてエレガントに落ち着きを取り戻す。
今から削除しに行こうにも、次の代(跡取り)の管理が厳しくて、自分が今さら制御室に入ったら一発で怪しまれる。
「そ、そうだわ! 大きな騒ぎを起こして大混乱とか? みんなの目を盗んでいるその最中でしかないわね! そうよ、それしかないわね。で、その方法ね、どうしようかしら」と、口元に軽く握った左手を当て俯き加減でしゅん巡していた。
「あぁ、これよ、これだわ、それに相応しい噂を流して差し上げましょう、ふふふ!」
ミラはすぐさま裏から、民衆や他国の間諜が飛びつきそうなロマン溢れるプロパガンダ──「国が地脈を独占する独裁体制を許すな、地下の地脈を手に入れ、自由を我が手に!」という、とんでもない大嘘の噂を国中に広めるという悪手を思いついた。そしてそれを実行する。ここぞとばかりに溢れる想像力と行動力をフル稼働させた。
居るよね、余計な行動力が仇となるタイプって、と冷静に考えれば優れた知性の持ち主であるミラなら気が付いたはずだった。
しかし、焦る気持ちが先走り、あらぬ方向へと突き動かしてしまう。
当初は誰も信じない。しかし、噂が噂を呼びいつしか噂を盲信した人々が、血眼になってマストリアの地下を狂ったようにガンガン掘り進め始める。
掘り進めるうちに、気が付けば2ヶ月という決して長くはない時間の中で、マストリア合衆国の地下にはまるで『蟻の巣』を彷彿とさせる複雑な地下道が切り開かれることとなった。
お嬢様の悪巧み、ここまでくれば立派なテロ行為である。
(そしてこの、人々が掘り散らかした『地脈を目指して(地下の蟻の巣を)進め!』という当時の合言葉こそが、112年という膨大な時の中で伝言ゲームのバグを起こし、現代のテロリストたちの間でプロパガンダの意味すら失った劣化合言葉──『蟻の巣を辿れ』へと変貌を遂げることとなるのだ)。
= = = = = = = =
そして迎えた、ミラが出発する前日。地下は噂通りの大暴動と掘削作業で大混乱に陥っていた。
「計画通り(完璧なタイムマネジメント)ですわね!」
ミラはどさくさに紛れて、厳重に警備されているはずの地下制御室へと見事に潜入を果たす。
誰もいない暗闇の中、『零鳥』の最下層の基幹術式へと繋がる主駆動輪を起動し、裏口からシステムへと不正侵入 (ハッキング)を仕掛けた。
しかし、お兄様たちの遺した管理者制御 (ロック)が強固すぎて、完全削除するには膨大な手順が必要だとここで初めて自覚する。
「お輿入れは明日ですもの、いちいち解除するなんてノンエレガントですわ!……そうだわ! 削除できないなら、私の天才的な技術で、基幹魔導核の片隅にギューッと『超高圧縮』して隠蔽(塩漬け)してしまえばよろしいのです! ふふふふ」
暗がりで不敵に笑うその表情は悪い顔をしていた。
光の速さで主駆動輪を操り、ウイルスを極小サイズに圧縮して基幹魔導核の隅の階層に隠した。暴走しかけていた地脈が一時的にピタッと収まるのを見届けた。
ミラは最後に、静まり返った主駆動輪から出力され目の前の空間に広がる魔法陣を見つめ、そっと愛おしそうに微笑んでいた。
「ミラクルは明日、お嫁に参ります。お兄様方……どうか、私の幸せを祈っていて下さいね。──では、行って参ります」
基幹魔導核の階層に最高圧縮した置き土産 (ウイルス)の片隅に小さく、兄たちから呼ばれていた大切な愛称──『Designed by Miracle』の文字を刻み込む。パチリとお上品に懐中時計を閉じるミラ。
「あら、ちょうどお約束の時間通りですわね。先回りすればアリバイも完璧。さすが私、タイムマネジメントも工作も完璧ですわー! ふふふ」
自画自賛、秘密ルートからフードを目深に被り優雅に脱出していく。
自身が施した「高圧縮魔法陣 (ウイルス)」が、112年という膨大な時間の中で経年劣化を起こし、地脈を巡り末端の生活魔法陣へと大逆流 (リーク)を少しずつ、でも着実に歩みを進めていく、世界を滅ぼしかける大パンデミックを引き起こすなどとは、ドヤ顔で馬車に乗り込むミラには知る由もなかった──。




