第64話:旱魃の冬、奇跡の残滓(ざんし)
「テロリストとの交渉は一切しない。きさまらこそ、今すぐ降伏しろ!」
大統領の毅然とした声明が響き渡ると同時に、シェルターの防衛を任されていた国軍の小隊長が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
現在、大隊長はアレン様らの援護へ向かい、中隊長は他の逃げ遅れた要人の捜索に当たっている。この絶縁魔導殻の命運は、実質的に小隊長率いる一団に託されていた。
彼らが立て籠もる地下『絶縁魔導殻 (アイソレーション・シェル)』は、だだっ広い地下大空間の中心に鎮座する、強固なドーム型の独立要塞である。
そのドームを囲むように周囲には幾重もの頑強な防壁が築かれており、壁の表面には、外からの魔力を一切遮断する地脈 (マナ)の光がうっすらと血管のように脈打っていた。さらにセキュリティー用の強固な防護魔法陣がドーム全体を覆っているため、テロ集団が放った小型の遠隔魔導具『腐食蜂 (アシッド・ビー)』の猛攻も、この絶対防御のシェルターにはほとんど通じていない。
しかしながら、狂信的なテロリストたちは防壁の突破を狙い、爆発物を手に蟻の巣をつついたような勢いで外周の防壁へと殺到してきていた。
「大統領より、軍の特殊兵器の使用許可が下りた! 全員、防護マスクを着用! ──砲術班、対集団無力化装置『氷結せぬ白雪 (ドライ・スノー)』を装填せよ!」
防壁の上部に設置された『砲撃テラス』の上で、小隊長が鋭く指揮を執る。
命令を受けた大柄な砲術兵が、無骨な銀色の重火器──『魔導擲弾筒 (マナ・ランチャー)』を肩に担ぎ、手際よく操作レバーを引いた。
ガシャイン! と重厚な金属音が響き、銃身の魔法陣シリンダーが激しく回転を始める。その銃口へと、別の兵士の手によって掌サイズの美しい結晶球『氷結せぬ白雪』が吸い込まれるようにセットされた。
「照準固定、いつでもいけます!」
「よし、撃て (ファイア)!」
小隊長の容赦のない号令と共に、砲術兵が引き金を絞る。
──ズドォォォンッ!!!
凄まじい魔力の爆風を巻き上げ、結晶球はまばゆい光の尾を引きながら、防壁の真下に群がるテロリストたちと密集する『腐食蜂』のちょうど中心に向けて、精密に射出された。
パァン! と、ガラスが割れるような清涼な音を響かせながら、空間の真ん中で結晶球が鮮やかに炸裂する。
中から飛び散った無数の小さな魔石の粒が、地下の広大な空間に、一斉に幾何学的な『微細魔法陣 (マイクロ・サークル)』を自動展開していく。その光景は、一瞬だけ泥臭い戦場におそろしく美しい光の雪が舞ったかのようだった。
その直後に襲ったのは地獄の環境変化。
魔法陣が一斉に起動した瞬間、防壁の外側の空間の『水分』が瞬時にゼロへと書き換えられたのだ。空気中の湿度が完全に消失し、激しい摩擦によってパチパチと目に見えるほどの青白い静電気の火花が空間を満たしていく。
「がっ……あ、あああ……っ!?」
水分を失ったことで目の粘膜が焼き付くように痛み、テロリストたちが悲鳴を上げてその場に頽れる。さらに、逃げ惑う彼らの衣服の摩擦から発生した静電気を火種として、空間全体の静電気が一気に連動連鎖 (スパーク)し、強烈な電撃となって防壁の下の敵を次々と襲った。
空中を舞っていた『腐食蜂』の群れは、過度な乾燥と容赦ない電撃によって一斉にシステムショートを起こし、火花を散らしながら床へとボトボトと墜落していく。
生け捕りを前提とした国軍兵器の「非致死性 (セーフティ)」の機能により、テロリストたちは致命傷を負うことなく、しかし確実に無力化されて次々と気絶していった。
防護マスク越しにそれを見届けた小隊長が、ふぅと安堵の息を吐く。
「……相変わらずエグいな。現場の連中がこいつを『旱魃の冬 (ドライ・ウィンター)』って恐怖を込めて呼ぶわけだぜ。でも、これで防壁の死守は成されたな」
【──自爆シークエンス完了まで――残り10分05秒──】
頑強な防壁と魔法陣、そして国軍の最新兵器によって絶縁魔導殻が完全に守り抜かれる中、その内側に避難していたアルマ殿下だけは、呆れたように投影魔法陣から映し出される現状を考察する。
「……ふん。空間の水分を奪って静電気を媒介にするか。仕組みとしては悪くないが、もっと早く展開できなかったのか? 宝の持ち腐れとは、まさにこのことだな」
恐怖を微塵も感じさせないどころか、国軍の兵器の『運用効率の悪さ』にダメ出しをする始末。相変わらずの傲岸不遜で大物感あふれる殿下の横顔であった。
◆◆◆
防壁側からかすかに響く重低音と、制御室の床を微かに揺らす不気味な振動。
ついに【残り10分】を切るという絶対的なプレッシャーの中、ライナスは額から大粒の脂汗を流し、自身の相棒である『梟』の機能を限界まで回してウイルスの最深部へと潜行を続けていた。
「クソ……ッ! なんて強固な暗号化なんだ……!」
主駆動輪 (メインコンソール)に接続された糸を操る指先が、焦燥感から微かに震える。
一刻を争うタイムリミット、背後で繰り広げられる激戦の気配。ライナスの視界には、無機質な魔法陣 (コード)の羅列だけが冷酷に流れ続けていた。
だが、画面を睨みつけるライナスが、ついにウイルスの核心部 (ルート)を守る第一プロテクトを力任せに剥ぎ取った瞬間──ライナスの目がカッと見開かれた。
激しく明滅する主駆動輪の最奥、システムログの隅に、ひっそりと開発者の残した『署名 (シグネチャ)』が刻まれていたのだ。
【Designed by Miracle】
(……は? ミラクル?)
緊迫した脳内に、おそろしく場違いな単語が飛び込んできた。
ライナスは思わず、心の中で全力の毒づきを炸裂させる。
(なんだこのふざけたシグネチャは!? 国家を巻き込んで自爆システムを起動させようって最悪のウイルスの作者が、名乗った名前が『ミラクル(奇跡)』だぁ? ふざけんな、どんだけだよ、クソが……っ!!)
あまりのギャップに、怒りすら湧いてくる。
──次の瞬間、ライナスの背筋にゾクリと冷たい戦慄が走った。怒りよりも先に、エンジニアとしての本能がそのコードの恐ろしさを理解してしまったのだ。
(だけど、チキショウ……! なんだよ、このコードの美しさは……っ!)
それは112年前の記述のハズだった。現代の魔導工学よりもずっと古く、拙いはずの過去の遺産。
なのに、そこに並ぶ魔法陣には、一切の無駄がない。合理的で、緻密で、あまりにも美しすぎる。まるで、昨日書かれたばかりの最新鋭のプログラムを見せられているかのような錯覚すら覚える。
(どれだけ常軌を逸した天才なら、こんな綺麗なコードが書けるんだよ……!)
一瞬だけ、その圧倒的な才能の輝きに魂を奪われそうになった。
しかし、ライナスはすぐに自分の頬をパチンと激しく叩き、強引に意識を現実へと引き戻す。感心している場合じゃない、みんなを待たせる時間なんて1秒もない。
(──チッ、考えてる時間はねぇ! 112年前の『ミラクル』だか何だか知らねぇが……)
ライナスは震える指先に再び魔力を込め、不敵なエンジニアの笑みを浮かべる。
「現代を生きるSRE(俺たち)を、舐めんなよ……っ!!」
再び爆速で動き始めたライナスの指先が、魔導糸を介してウイルスの書き換えへと突入していく。
【──自爆シークエンス完了まで――残り9分15秒──】




