第63話:それぞれの悩み(深刻さは人による)
【──自爆シークエンス完了まで――残り11分00秒──】
大隊長の合流によって、制御室前の防衛線は一気に巻き返しの機運を見せていた。
背筋をピンと伸ばし、凛とした佇まいで前線を維持しているアレン様。その姿は、周囲の軍人たちの目には「いかなる窮地にも動じない冷徹な若き天才軍師」の様に映っているのかもしれない。
しかしながら、当の本人の脳内は、防衛戦とは100%別件の地獄と化していた。
(……いや、待って。さっきから、なにかっこつけてるの自分。うー恥ずかしい!! 眼鏡を外して誰かと会話するなんて、正直やっぱり無理! いやーー今すぐ眼鏡かけたい! どこかへ引きこもりたい! あーーー。早くこの地獄終わってええぇぇぇぇ!!)
あまりの羞恥心に、アレン様の視線が虚空をさまよう。
そんな主人の心の底からの絶叫を見透かしたように、カペラがそっと耳元に顔を寄せ、不敵な笑みを浮かべて囁いた。
「お嬢様? これを機に、その極度の人見知りも直しておしまいになってくださいませね?」
「っ……!?」
ピシャリとアレン様は凍りついた。
(なんで? なんでバレたの!? やだ、自分の心の叫び声、外に漏れてる!? まさか本当に!? え? やだ)
引きつった乾いた笑いを漏らすアレン様。すると今度は、背後から影のようにもう1人の使用人がスッと近づいてくる。
危うく「ひっ!」と悲鳴を上げて飛び上がりそうになったアレン様に、ポルックスがいつになく過保護な笑みを湛えてうやうやしく言葉を添える。
「また、姉さんに意地悪を言われたのですか? 安心してください、お嬢様。ポルックスが全力でお守りいたしますから」
「あ、いえ……問題ありません。ありがとう、ポルックス」
どうにかその場を取り繕いながらも、アレン様は内心で激しく頭を抱えていた。
(あーーーーなぜだ!? うちの使用人どもには、どうして自分の心の叫びが筒抜けなんだ!? 解せぬ!!)
『あんたが単純で顔に出やすいだけだよ』と、遠い昔のご先祖からツッコミが飛んできそうな勢いで、人見知りという名の地獄にガチ悩みするアレン様であった。
◆◆◆
時を同じくして、ライナスが死に物狂いで不正侵入 (ハッキング)を続けている基幹魔導核 (メインサーバ)の、さらに真下――地下『絶縁魔導殻 (アイソレーション・シェル)』。
「カイル! いつまで私をここで待たせるつもりだ! ライナスが、私の共同研究者が今まさに危険な状態なのだろう!? 私が直々に救援に行ってやる! 同行しろ!」
避難している大人たちの間で、アルマ殿下の大音量の我が儘が響き渡っていた。今にも絶縁魔導殻を飛び出しかねない勢いの殿下を、カイルさんは一歩も引かずに宥める。
「いけません、アルマ様。すでに向かっているのは我が国が誇る精鋭です。あなた様に万が一のことがあっては取り返しがつきません。ご自覚を」
「しかし……!」
声がだんだん小さくなる。自覚があるからこその葛藤の現れだろう。
「……お心は分かります。……では、こうしましょう。ここには護衛を2人残し、あとの者には戦力を追加する救援として前線へ向かわせましょう。ですから、ここでお待ちください」
カイルさんはそう告げると、誰にも悟られず、それが合図ともわからない自然な身振りで知る者にしか伝わらない合図を送った。
その合図を受け取るのは当然、『星見の密使 (ステラ・エミサリー)』である。つかつ離れずの距離に潜伏しているその者たちは、命令を受け取るや否や、物音ひとつさせずに前線へ向け出撃したのだった。
その直後。
――ドゴォォォォォンッ!!!
絶縁魔導殻全体を、激しい地鳴りと爆鳴が襲った。
天井からパラパラと粉塵が舞い降り、避難していた要人たちから悲鳴が上がる。テロ集団が持ち出してきた、つい先ほど遭遇した例の不気味に駆動する小型の遠隔魔導具『腐食蜂 (アシッド・ビー)』が群れをなして絶縁魔導殻へ直接強襲が始まったのだ。
「落ち着け、安心しろ! ここに居れば安全だ!」
軍人の声が周囲の人間を落ち着かせるのと同時に、通信用の魔道具から、テロリストの歪んだ声明がノイズ混じりに響き渡る。
『――大統領を出せ! 大統領の命と引き換えに他の者は見逃してやる! 抵抗すればこのままシェルターごと爆破する!』
しかし、この国のトップもまた、ただの飾りではない。
大統領は冷静に、そして一切の迷いなく魔道具に向かって言い放つ。
「テロリストとの交渉は一切しない。きさまらこそ、今すぐ降伏しろ!」
大統領の声明はテロリストへ真っすぐにぶつけられた。そして、国軍に向け更なる強い意志で命令を下す。
「一歩も退くな、迎撃せよ! 国軍の魔導具を惜しみなく持ち出せ、使用を許可する!」
「はっ!」
軍人たちの気合のこもった声に勢いを感じる。避難してきた者たちは期待の声援を送る。
ドゴーン、ドゴーン、頭上から絶え間なく響く不気味な爆発の地響き。絶縁魔導殻内が完全なパニックに陥る中、アルマ殿下だけは、怯える周囲を余所に呆れたように自身の銀髪の髪をかき上げた。
「まったく……本当にこの国はどうなっているんだ?」
恐怖ではなく、他国のあまりの防犯体制の惨状に、心底うんざりしたような大物感あふれる溜め息だった。
◆◆◆
アルマ殿下が盛大なため息をついていた頃、そこはカオスと化していた。地下の暗がりに潜むテロ集団の実行犯たちが群がっている。
「いつまでかかっているのだ!? 蟻の巣を辿っているはずなのに、なぜまだ我らの手に自由が手に入らない!?」
「予言は本当だったのだ! 今こそ我らに自由を!」
彼らは内から湧きだす苛立ちを口々に叫び、狂信的な瞳で地脈 (マナ)の動きを把握できる魔道具を見つめていた。
ここまでくると、もはや政治的な思想ではなく、ただの狂気的な宗教の域である。何をそこまで強く信じているのか、傍から見ればただ我を忘れて暴走しているさまにしか見えない。
ある意味、人が何かに突き動かされて『猛進』する姿とは、これほどまでに恐ろしいものなのかもしれない。
【──自爆シークエンス完了まで――残り10分29秒──】




