第62話:受け取り準備はいいか?! 返礼品
「――そんな、嘘でしょう……?」
地下制御室の冷たい空気の中、主駆動輪 (メインコンソール)に齧りついていたライナスの小さな指が、ピタリと止まった。
その丸い瞳が、信じられないものを見たかのように激しく揺れている。
「どうしたの、ライナス君。敵の本拠地は特定できましたか?」
背後から掛けられたアレン様の静かな声に、ライナスは息を呑みながら、震える手で空間に表示されている解析結果を指差した。
「本拠地なんて、最初から存在しないんです……。見てくださいこれ、攻撃を仕掛けてきている魔力糸 (ライン)の接続先……!」
映し出されたのは、蜘蛛の巣のように張り巡らされたマストリアの地脈ネットワーク。だが、その糸の先端が繋がっているのは、軍事要塞でもテロリストの隠れ家でもなかった。
「この識別信号のパターン……まさか、街の魔導灯 (ランプ)や、湯沸かしの術式回路!? ――そうか、地脈に繋がっているものすべてが、攻撃元 (ボット)になっているというのですか?」
112年前の復旧工事の時から、代々受け継がれるごくありふれた生活に溶け込んだ魔法陣の中に『成長型の寄生ウイルス術式』が仕込まれていたのだ。使っている人々に悪意などない。ただ日常的に魔導具を起動するだけで、勝手にこの基幹魔導核 (メインサーバー)へと攻撃が届く仕組みになっている。
中央で激しく火花を散らしながら回転する、巨大な『光の歯車』。その周囲に絡みつく無数の魔力糸は、今や赤黒いウイルスの色に染まり、ギチギチと歯車の嚙み合わせを蝕んでいた。
自爆(完全崩壊)のカウントダウンは、容赦なく進んでいく。既に『残り15分』を切り、刻一刻と破滅へ向かっている。
「そんな……」
アレン様が悲痛な声を上げる。
「解けない……こんなの、僕の術式構築の速度じゃ間に合わないよ……!」
ライナスは力なくうなだれた。
「物量が違いすぎる! 数百万、数千万という末端に広がったウイルスを、一つずつ消去するワクチン術式なんて、今から組んでたんじゃ、まったく時間が足りないよ……」
迫りくる時間。圧倒的な物量の絶望。
8歳の少年の心が折れかけたその時、アレン様が横にスッと立ち、不快そうに眉をひそめ早口でブツブツ呟き始めた。
「本当に、嫌な術式です。こちらの制御を完全に無視、繋がっている先へ爆発的に増殖・繁殖していく、なんて、おぞましい。112年前の古臭い構成のくせに、そのしつこさだけは一級品、なんて忌々しい」
「……繋がっている先へ、爆発的に増殖する……?」
ライナスは、アレン様の言葉を復唱した。
脳裏で、バラバラだった欠片が一気に噛み合うような衝撃が走る。
敵のウイルスは、繋がっている魔力糸を伝って、自ら進んで爆発的に増殖する。
その「増殖する力」自体は、今も現役で、世界中の魔道具を繋ぐ糸を激しく流動している。
(……いやいや落ち着け。ここは、ヴァルゼリアの基幹魔導核と全く同じ設計思想 (アーキテクチャ)で作られた、あっちと対になる『双子のシステム』だ。なら――僕がヴァルゼリアの最下層で見つけた、あの『梟の潜行式(隠しOS)』の監視・復旧プログラムは、同じ設計のこのマストリアにとっても、『正規の復旧プログラム』として認識されるはずだ……!あの『梟』のコードを応用して、敵の増殖エネルギーをそのまま末端へ逆流させるバイパスを、僕の手で強制的に作れるんじゃ?)
「――っ! あっ、そうか……! その手があった!!」
ライナスはガタッと椅子から立ち上がった。その瞳には、さっきまでの絶望の影など微塵もない。不敵で、最高に勇敢な光が宿っていた。
「……? 今ので、何か閃いたんですか?」
「ああ! 消去なんてしなくていいんだ、アレン様! 敵が112年間かけて作った『蟻の巣』と、あの『増殖する仕組み』を、そのまま丸ごと乗っ取ってやるんですよ!」
アレン様が少し驚いたように目を見開く。その驚愕を置き去りにするように、ライナスは再び椅子に飛び乗ると、小さな指を主駆動輪の上で滑らかに踊らせ始めた。
「ヴァルゼリアの基幹魔導核の最下層から引っ張ってきた『梟の潜行式』を、こっちの魔導核に同期させる! 敵の防壁をすり抜けてウイルスの核心に潜行し、【自分自身を消滅させる】という偽の命令を上書きして流し込むんです! ウイルスの術式は『新しい増殖命令が来たぞ』と勘違いして、僕たちの作った消滅魔法陣 (コード)を、自分から進んで世界中に超特急でバラまき始めるはずです!」
敵が誇る圧倒的な「物量」と「拡散力」を、そのまま自分を滅ぼす凶器へと反転させる。
これぞ、最悪で最高の返礼品である。
(今の言葉だけで、この構造の本質に気づき、自らの『梟』を最適化させるなんて……。さすがはレグルス様の血筋です)
アレン様は胸の内でそう感嘆すると、不敵に唇を歪めた。
「おもしろい、ライナス君。その無茶な作戦、自分が全力でサポートして差し上げます。……あなたが『梟』で敵の懐へ潜り込む間、基幹魔導核の制御権は、力技で死守します。あなたはただ、前だけを見て指を動かしなさい!」
「はい、任せてください!」
ライナスは主駆動輪の上で小さな指を動かし始めた。
アレン様の編む防衛魔法陣 (セキュリティーコード)が奔流となって基幹魔導核を包み込み、迫り来るウイルスの猛攻を盾となって力強く圧し留める。その鉄壁のサポートの中、ライナスは猛烈な速度で、敵に気づかれることなく隠密復旧の魔法陣を構築していく。
「『梟の潜行式』を、こっちの魔導核に同期 (インストール)させる……よし、通った!」
画面に『梟』の紋章が青く浮かび上がり、マストリアの魔導核の深部へと根を張り始める。
しかし、その直後、主駆動輪がけたたましい警告音を鳴らした。
【──自爆シークエンス完了まで――残り12分00秒──】
「くそっ、やっぱり敵の防御壁 (ファイアウォール)が何重にもなってて固い……。 『梟』を核心まで潜行させて、ウイルスの命令を【自分自身を消滅させる】偽のコードに書き換えるまで、最短でもあと10分はかかります!」
「残り12分の中で、10分を不正侵入 (ハッキング)に費やすと? ――フフ、上等です。残り2分の猶予があれば、自分にはお釣りが来ますね」
アレン様は不敵に微笑み、視線を主駆動輪から、制御室の頑丈な防壁扉へと移した。
ドカン!!! と、激しい爆破音が響き、扉の向こうから敵の増援(テロリストの残党)の足音が近づいてくる。ライナスのハッキングを物理的に阻止しにきたのだ。
「ライナス君、あなたはそのまま『梟』を終焉 (エンド)の先まで潜行させなさい」
「はい!」
アレン様は信頼する使用人たちへ声をかける。
「さあ、お掃除(テロリストの処理)の時間です。カペラ、ポルックス、そしてノーマン。……ライナス君が実行 (エンター)を弾きだすまで、妨害を絶対に許してはなりません!」
「「「承知しました。お任せください」」」
3人はお嬢様の号令に返事はするが、その手も足も止めることはない。
主の安全と望みを最優先に行動する。
国軍の援軍も少しずつ増えて行っているのは見て取れる。しかしながら蟻がわくのが速い。
そこへ大隊長が到着した。頼もしい助っ人である。
「遅くなりました! アレン様、お客人も無事で何より! 援護致します!」
「助かります、大隊長。作業が止まらぬよう、この場の死守を頼みます」
「はっ! 仰せのままに! 【七倍の審判 (セブンス・ヘヴィ)】──発動!!」
金属製の円盤型魔導具を床に打ち付けた。
「ほう、これはこれは、さすが国軍、素晴らしい魔道具ですね」
ノーマンが感嘆の声を漏らした。
魔導具が展開されその空間に捉えられた蟻は次々意識を飛ばしていく。
なんとも頼もしい魔道具である。
(間に合ってくれ、頼む! 最近命のやり取りが多くない? 僕まだ8歳なのに、前世より短いの? 寿命……神様、勘弁して)
果たしてライナスの祈りは届くのだろうか。




