第61話:嘘の歴史と、蟻の巣
「クソ、次から次へと何なんだよ、この数は!」
主駆動輪 (メインコンソール)を弾くライナスの背後で、緊迫した怒号が響いていた。
マストリア地下制御室。自爆カウントダウンは、残り「19分42秒」を刻んでいる。
そんな絶体絶命の空間に、異様な光景が広がっていた。
「あぁー、そこの軍人さん! 左の通気口からまた3人出てきた!」
「……御意」
ライナスが叫ぶと、マストリアの軍服を着た男が、音もなく影のように跳んだ。
アルマ殿下の命を受け、すでに軍服を「拝借」して合流していた『星見の密使 (ステラ・エミサリー)』たちだ。
彼らは軍服を着ているというのに、足音が一切しない。それどころか、制式装備のサーベルには目もくれず、懐から美しい魔石が嵌め込まれた一本の金属製の『刻印筆 (ルーン・カーヴァー)』を取り出した。
――人差し指と中指でそれを挟み、親指の腹で、胸ポケットに引っかけるための「クリップ」を小気味よく右へくいっと弾く。
片手の滑らかな操作だけで、刻印筆の術式が瞬時に切り替わった。
先端から放たれた微細な光の針が、自動的に敵の首筋の静脈へと吸い込まれていく。
「が、あ……ッ!?」
悲鳴すら上げられず、テロリストたちが次々と糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
懐に飛び込んできた敵に対しては、親指でクリップを左へ弾く。
シャキッと飛び出た実体の極細針を、格闘戦のすれ違いざまに容赦なく相手の首筋へ突き立てた。
「安心しろ、麻痺毒だ。……命があったことを、後でたっぷり後悔するといい」
冷たく囁かれた密使の声に、崩れ落ちるテロリストの瞳が恐怖に染まる。
(……いや、動きが完全に暗部の作法すぎるだろ! っていうか何あの筆型魔道具!? クリップのスイッチ一つで自動照準 (オートエイム)の光針と実体針を切り替えてんじゃねえよ、機能美の塊かよ、ずるいだろ! 軍服着てそれ持ってるのシュールすぎるわ!)
ライナスは内心で激しくツッコミを入れたが、主駆動輪から手を離すわけにはいかない。
しかし、事態は異常だった。
ここはマストリアの最高機密である地下施設だ。にもかかわらず、壁の隙間や通気口という通気口から、まるで「蟻の巣」から這い出るように次々とテロリストが湧き出てくるのだ。
「これではキリがありませんね」
その時、冷静な声と共に、1人のテロリストの身体が宙を舞った。
フォール伯爵家の筆頭執事、ノーマンである。
彼は一切の無駄がない、洗練された紳士的な動作でテロリストの関節を極め、床に組み伏せていた。完全に生け捕りの形だ。
「うぐぅ、は、はなせ」
くぐもった声が僅かに聞こえた。
「……アレン様、坊ちゃま様。この者たちのうち、少し上の立場とお見受けする者を捕らえました」
「ありがとう、ノーマン。……カペラ、専門の出番よ。このネズミから、どうしてあんな場所から湧いて出られるのか、理由を吐かせなさい」
アレン様の冷徹な命に、彼女の背後に控えていた専属使用人――メイドのカペラが、深く一礼した。
「かしこまりました、お嬢様。……では、少々お部屋をお借りいたしますね、ポルックス、ここは頼みましたよ」
「はい。姉さん」
アレン様の専属使用人のポルックスは清々しい笑顔で姉に返事をする。
(うわー大きな犬に見えるー。既視感)
僕はポルックスから尻尾と耳が見えた気がした。当然そんなわけがないのだが。
カペラは優雅な微笑みを崩さないまま、生け捕りにされたテロリストの首根っこを掴み、制御室の隅にある仮眠室へと引きずり込んでいった。ガチャン、と重々しい防音のドアが閉まる。
数秒後。
「ヒィィィィィィィッ!? あ、足が、指がァァァァッ!!」
「頼む、何でも言う、何でも言うからその針を抜いてくれェェェッ!!」
防音の壁を突き抜けて、この世のものとは思えない壮絶な悲鳴が響き渡った。
ライナスは背筋に冷たいものを感じて、引きつった笑いを浮かべる。
小さな仮眠室の厚いドアが開き、何事もなかったかのような涼しい顔でカペラが戻ってきた。開いたドアの奥では、テロリストが真っ白になって燃え尽きているのが見える。
「お待たせいたしました、お嬢様、ライナス様。あの哀れなネズミ、意外と素直でしたわ」
アレン様が静かにうなずく横で、僕は表情を硬くしながら答えた。
「あ、えっと……、何か分かりましたか?」
「この施設、112年前の改修工事の際、どさくさに紛れて裏切り者の手が入っていたようです。通気口に見せかけた隠し通路が、街の地下全域へ『蟻の巣』のように張り巡らされているとか」
「改修工事? 112年前って……あ」
カペラの言葉に、僕の中で点と点が繋がった。
アレン様もハッとして息を呑む。
「……ッ! じゃあ、やはり当時の『自然災害による事故』の公式記録は……!」
「なるほど。事故の復旧のどさくさに紛れて、怪しまれずに『蟻の巣』を掘り進めた、というわけですか。実に見事な隠れみの(偽装)です」
ノーマンは静かに納得の表情を浮かべながらも、近づく敵には容赦なく、その強靭な体躯を躍動させて次々と圧倒していく。
(マストリア側もまんまと騙されてたわけか……! だから今になって、あんなところから次々に湧き出てくるんだな)
僕は前を向いたまま、カペラに問いかけた。
「で、なんでその亡霊どもが『今』になって一斉に集まったんですか?」
「112年前に仕込まれた術式 (プログラム)が、今このタイミングで自動起動(シグナル発信)したそうです。彼らにとってそれは、代々語り継がれてきた『真の自由が訪れる予言の時』の合図だったとか。『蟻の巣を辿れ』という合言葉のもと、盲目的にこの場所へ一斉に集結した……とのことですわ」
主駆動輪から放たれる光の束が、無情な数字を告げる。
【──自爆シークエンス完了まで――残り15分00秒──】
「残り15分……」
「112年前の『嘘の歴史』ごと、すべて綺麗に不正侵入 (ハッキング)して焼き払ってあげます。さぁ、ライナス君、反撃です!」




