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第60話:狂乱の戦場と、優雅なるミントティー

 地下制御室の冷たい虚空に、システムから投射された真っ赤な魔力文字が浮かび上がっていた。


【──自爆シークエンス完了まで、――残り24分59秒──】


 1秒、また1秒と、無慈悲に、そして冷徹に削られていく世界のデッドライン。


「チッ、想定内ですアレン様! すぐにバイパスを繋ぎ直します……!」


「ライナス君、第一防壁 (ファイアウォール)が突破されました! 敵のゴミデータ (スパム)の流入速度が上がっています、処理が追いつきません!」


 ライナスとアレンの指先は、主駆動輪 (メインコンソール)の上で火花を散らすように踊っていた。112年間も放置され、グチャグチャに絡み合った『暗黒の迷宮 (ラビリンス・コード)』。それを一本ずつ解きほぐすサイバー戦の真っ只中、制御室全体がズズズ……と不気味に震動する。


 地上の狂乱は、すぐそこまで迫っていた。



◆◆◆



 その少し前。大隊長に連れられ、辛うじて地下シェルター──『絶縁魔導殻 (アイソレーション・シェル)』の一角へと滑り込んでいた一同。

 頑丈な魔導隔壁がガガガと閉まったその瞬間、カイルさんのすぐ背後で、陽炎かげろうのように不自然に景色が歪んだ。


 いつの間にか、カイルさんの背中合わせにぴったりと身を寄せるようにして、アルマ殿下の専属護衛──『星見の密使 (ステラ・エミサリー)』がそこに立っていた。最初から影に潜んで、一切の気配を消して追従していたのだ。

 その男はマストリア合衆国の軍服を着ていた。周囲に溶け込むための偽造措置だ。どこから調達したのかは、この場合は触れないのが正解である。


 カイルさんは、他国での政治的トラブルを避けるために彼らが表に出られなかった事情を理解しつつも、額の汗をぬぐいながら、小さく小言をこぼす。


「……見てないで、少しは援護してくださいよ」


 背中合わせになった密使は、ベレー帽を被り『認識阻害の偽装面』の奥でフッと妖しく、しかし親しげに目を細めた。


「ふふ、ご冗談を。あなた様があの程度で、我が方の援護を必要とされると? ずいぶんと腕が鈍られたものですね、カイル殿」


「──はぁ。いえ、不要です。お引き取りを」


(あぁー、もう……! そう言われると、つい……!)


 完全に売り言葉に買い言葉だった。密使のからかうような挑発に、ついプライドが勝って強がってしまった自分に、カイルさんは内心で盛大にため息をつく。


 一方で、当のアルマ殿下は、そんな2人の応酬など1ミリも視界に入っていなかった。完全なる通常運転である。


「おい、そこの。さっきの大隊長のあの魔導具、【七倍の審判 (セブンス・ヘヴィ)】と言ったか? あれの引力増幅の核 (コア)には、一体何の触媒を使っているんだ? 空間圧縮の際の排熱処理はどうなっている?」


「へっ!? あ、いや、それは国家機密でありますので、自分のような警備兵では……っ」


 殿下はシェルターの警備に残った憐れなマストリア軍人を捕まえ、目をギラギラと輝かせながら、容赦のない質問攻め(詰め寄り)を開始していた。



◆◆◆



 再び、緊迫の地下制御室。

 ドカァァァン!!!という激しい爆破音とともに、ついに防衛線の一角が破られた。大隊長たちの奮戦をすり抜けたテロリストの最精鋭たちが、制御室の扉を爆破して内部へと乱入してきたのだ。


「ヨソ者のガキとチーフを殺せ! 自由を我らの手に──」


 凶刃を構えた男たちが叫んだ瞬間、爆煙を切り裂いて3つの影が滑り込んできた。


 ガキィィィンッ!!!


 金属同士が激突する甲高い音が響く。片手を背中に回したまま、流れるような身のこなしでテロリストの刃をサーベルで弾き返したのは、白い手袋をはめた若い執事だった。その隣では、一切の衣擦れの音すら立てず、目にも留まらぬ鮮やかな体術で敵の顎を打ち抜いて気絶させるメイドの姿があった。


 その隙のない洗練された戦いぶりに、カイルさんたちの防衛から遅れて合流した執事・ノーマンが、眼鏡の奥の目を細めて小さく感嘆の息を漏らす。


「ほう……。さすがはスターリング侯爵家の使用人方。お見事な手際ですね、カペラ殿、ポルックス殿」


「お褒めに預かり光栄です、フォール家の筆頭執事殿」


 23歳の弟、ポルックスが涼しい顔でサーベルを振るい、次の1人を無力化する。


「ですが、あるじの仕事環境を整えるのが、我ら従者の最優先事項ですので」


 その背後で、27歳の姉、カペラは襲いかかる敵の突撃をひょいっと柔らかな体術でいなし、背負い投げで床に叩きつけていた。驚くべきことに、その最中、彼女のもう片方の手はトレイの上のティーカップに、透き通った緑の液体を優雅に注いでいる。


「お嬢様、眠気を飛ばし、脳の血流を促す特製のミントティーでございます。ささ、喉を潤わせて気合を入れてはいかがでございましょうか?」


 カペラは気絶したテロリストを踏みつけながら、主駆動輪 (メインコンソール)の脇にそっとカップを置いた。


「それにいたしましても、酷いお顔でございますね。背筋が曲がっておいでです。淑女として、いかがなものかと」


「もうっ……!! 黙ってて! 今は集中したいのっ!! お、お茶は、ありがとう」


 クソ魔法陣 (コード)の書き換えに必死なアレンが、顔を真っ赤にして、いつもの大人びた態度をかなぐり捨てて叫ぶ。それは普段の最高責任者 (チーフ)の顔ではなく、完全に身内に甘え、振り回される「年頃の少女」の素の口調だった。

 照れながら礼を言うアレン様、それを受け、カペラが答える。


「喜んで頂けて恐悦至極に存じます」


 カペラの満面の笑顔がアレン様へと向けられる。そこには主への忠誠心が見て取れる。


(へぇ、アレン様にも天敵がいたんだな……。うん、やっぱりヴァンス兄さんに顔の作りがそっくりだな)


 ライナスは爆速で光の糸を操りつつ、背後で繰り広げられる「優雅すぎる無双劇」とアレンの可愛いギャップに、内心で少しだけ戦慄しつつも、和むのだった。


 しかし、非情なカウントダウンは止まらない。


【──自爆シークエンス完了まで、――残り19分42秒──】


 カペラとポルックス、そしてノーマンの鉄壁の防衛に守られながら、ライナスたちの指先は、さらなる暗黒の迷宮の奥深くへと潜り込んでいく──。

皆様の温かい応援のおかげで、ついに記念すべき第60話を迎えることができました! 本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ


今回はアレンの専属使用人、カペラとポルックスが初登場いたしました。いつもとは少し違う、身内を前にしたアレンの素の表情を楽しんでいただけていれば幸いです✨


残り時間はあと19分42秒──。引き続き、ライナスたちの戦いを見守っていただけると嬉しいです。次話もどうぞよろしくお願いいたします!✨


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