第59話:セブンス・ヘヴィ──七倍の審判──
【──警告。強制自爆シーケンスへ移行しました。施設崩壊まで、あと30分──】
視界が、血のような真っ赤な警告色 (アラート)に染まる。
主駆動輪 (メインコンソール)から突きつけられた無慈悲なカウントダウンを前に、ドカドカと部屋に乱入してきた王宮魔導院の保守派幹部──ガルドは、引きつった顔をさらに真っ赤にして激昂した。
「だ、黙って見てろだと!? 大見得を切っておいてなんだこの有様は!! 貴様ら、システムを完全に破壊しおったな!」
「その通りですガルド様! よそ者のガキを信じるからこのようなことに!」
「わ、わしは知らんぞ! 全責任は自分が取ると言ったな! 貴様らだけで死ね!」
唾を撒き散らし、責任をなすりつけ捨て台詞を吐くと、ガルドとその太鼓持ちたちは一目散に扉の向こうへと逃亡していった。蜘蛛の子を散らすような、あまりに哀れで醜い後ろ姿だった。
残された現場の一般魔導師たちは「お終いだ……」「マストリアが吹き飛ぶ……」と茫然自失になり、パニックで我先にと逃げ惑おうと部屋がざわめき立つ。
「落ち着きなさい!!」
腹の底から絞り出されたアレン様の声が、混乱する室内の空気を一瞬で立て直した。
アレン様は真っ赤な光に照らされながらも、微動だにせず主駆動輪に向かったまま、背中で鋭い指示を飛ばす。
「あなたたちは直ちに『絶縁魔導殻 (アイソレーション・シェル)』へ退避! パニックを鎮め、負傷者と非戦闘員の誘導を最優先にしなさい! この障害 (エラー)は、自分とライナス君で必ず止めます!」
そのブレない背中、最高責任者 (チーフ)としての覚悟に、現場の魔導師たちはハッとして我に返った。彼らはアレン様に向けて胸に手を当て、深く、敬意を込めて一礼すると、それぞれの役割を果たすために一斉に走り去っていった。
周囲がバタバタと退避していく間も、僕の指は1秒も止まっていない。
(……見えた。ただの自動自爆じゃない。テロリストども、さっき僕たちが外のゴーレムを止めるためにポートを開いた、その一瞬の隙を突きやがった!)
僕は爆速で証跡 (ログ)を弾き、アレン様に解析情報を共有する。
「アレン様、これ、外部から致死量のゴミ魔力 (スパム・データ)を異常な速度で送り込まれてます! 112年間放置されてた脆弱なシステムが過負荷 (トラフィック)に耐えきれず、熱暴走 (メルトダウン)を起こしかけてる! システムが国中の地脈汚染を防ぐために、物理的に回線を切断しようとしてる……それがこの『自爆』の正体です!」
「なるほど、魔力波形攻撃(DDoS攻撃)というわけですか……。ならば、搦め手ではなく、力技で防壁 (ファイアウォール)を再構築するまでです!」
◆◆◆
その頃、地脈管理施設の上層フロアは、すでに硝煙と悲鳴に包まれていた。
「何なんだ? こいつらは、この国はどうなっている?」
アルマ殿下の疑問に答えられる者は、この場には居合わせていない。
「さようでございますね、アルマ様」
フォール家の優秀な執事・ノーマンが思わず感情そのままに相槌を打った。
「くっ……! 飛び道具の数があまりにも多すぎますね。これ以上足場を溶かされては、お守りしきれません……!」
カイルさんが愛用のレイピアを構え、額の汗をぬぐう。その背後には、ただの「貴族の少年」として周囲に擬態させているアルマ殿下の姿があった。ノーマンも「これほどの物量とはな……!」と表情が一層険しくなる。
彼らの前に立ちはだかるテロ集団。そこには、不気味に駆動する小型の遠隔魔導具『腐食蜂 (アシッド・ビー)』が群れをなして浮かんでいた。
そこから放たれるのは、パチンコ玉ほどの小さな魔力弾──触れた周囲50センチを跡形もなくドロドロに溶かす、最悪の弾幕『蝕の雨 (イクリプス・ドロップ)』だ。
物理的な盾も鎧も、文字通りチーズのように溶かしていく防ぎようのない攻撃。カイルさんたちの周囲の床や壁はすでに無数に侵食され、戦うための足場がジワジワと奪われていく。
絶体絶命──そう思われた、その時だった。
『──マストリア国軍である! そこな客人方に手を出す不届き者ども、平伏せいッ!!』
突如、通路の奥から響き渡った怒号と同時に、金属製の円盤型魔導具を携えた男が爆煙を割って躍り出た。──マストリア合衆国軍の大部隊を率いる、大隊長だ。彼が手にした最高機密兵器を床に力強く突き立てると、凄まじい衝撃波が迸る。
「【七倍の審判 (セブンス・ヘヴィ)】──発動!!」
ガガガガガガッ!!! ──ドスゥゥゥンッ!!!
大隊長の前方──幅、奥行き、そして高さ。すべてが五メートル四方にきれいに切り取られた「不可視の立方体(空間)」に、前後左右上下、全方位からの凄まじい引力が一瞬にして吹き荒れた。
その四角い領域 (エリア)に捕らえられた空中を飛び回っていた無数の『腐食蜂』は、下に落ちる暇さえなく、空間の中心(重心)へと猛烈な速度で吸い寄せられた。
──質量が小さい物ほど、この重力結界内での圧縮率は跳ね上がる。
当然、小さな無機物である魔導具たちは原型を留めることすら叶わず、一瞬にして歪な鉄の塊へと凝縮され、行き場を失ったまま空間の真ん中でピキピキと軋みを上げて固定された。
一方で、有機物である人間は、この国家兵器が持つ高度な安全制御 (セーフティ)によって原型を留められるよう設計されている。
「「「「「うぐぅっ……!? あ、熱、が……ッ」」」」」
テロ集団の叫びが、途中で不自然に途切れた。
死に至るような破壊的圧縮こそ免れたものの、四方八方から中心へと引っ張られる圧倒的な重圧──そして、空間ごと「空気」が中心へ猛烈に凝縮されたことによる急激な断熱圧縮。
一瞬にしてサイコロ状の空間を満たした凄まじい熱波と、それと同時に訪れた超酸欠。
肺から酸素を奪われ、全身を灼熱の熱気に包まれた彼らは、もがく術すらなく次々と白目を剥いて意識を失っていく。
死なさず、しかし熱波と酸欠によって一瞬で脳をシャットダウンさせる──それこそが、生け捕りを目的としたこの質量兵器の、計算され尽くした本当の恐ろしさだった。これにより敵の進軍がピタリと止まる。
「──遅れてすまない、客人方! ご無事で何より。エレオノーラ大統領の命により最優先で救助に参りました! 『控え室にいるはずの、大統領の特別な客人3名を命に代えても避難させよ』とのご命令です!」
大隊長は非公式の滞在であるアルマ殿下の名を決して口にせず、しかし最大の敬意を持って叫んだ。
「「助かりました」」
カイルさんとノーマンが軍隊の登場に安堵する。
「おぉー! あれは凄いな? な?」
当の殿下は通常運転だった。空間ごと敵を丸め潰す国家兵器を前に目を輝かせている。カイルさんはため息をつきながらあきれ顔だ。
そんな彼らの様子に少し戸惑いながらも、大隊長は鋭く周囲の通路を警戒し、先を急いだ。
「捕虜として生け捕りにはできましたが、尋問している余裕などありません! 第二波、第三波の増援が来る前に、急ぎ地下の『絶縁魔導殻』へ避難を!」
◆◆◆
ドゴォォォォン……ッ!!!
上層階から、先ほどの衝撃波とは明らかに質の違う、押しつぶすような凄まじい重低音が地下制御室まで響いてきた。
「っ……!? ライナス君、上層フロアの魔力密度が急上昇しています! 空間の重力波形が異常数値を叩き出している……これは、国軍の広域圧殺兵器の残滓 (ログ)!?」
「国軍? じゃあ、どうやら上(現場)には強力な味方の援軍が滑り込んでくれたってことですね! 通信は途絶えてますけど」
主駆動輪 (メインコンソール)に表示された上層のステータスを見て、僕は小さく息を吐いた。
詳細は分からない。けれど、外の仲間たちが命がけで時間を稼いでくれていることだけは、流れてくるシステムログが証明している。
上層の隔壁が完全に閉じ、地下深くの制御室に残されたのは、完全に孤立無援となった僕とアレン様の2人だけ。
【──強制自爆シーケンス、施設崩壊まで、あと25分──】
内側では、残り25分で全てを焼き尽くす熱暴走のカウントダウン。
外側では、いつ決壊するか分からないテロリストの大群と、それを受け止める見えざる防衛線。
静まり返った灼熱の部屋で、僕とアレン様は同時に不敵な笑みを浮かべ、主駆動輪へ手を伸ばした。
(上等だ。外の防衛線がブチ抜かれるのが先か、僕たちがこのクソコードを片っ端から書き換える (リプレイスする)のが先か……!)
「アレン様、いきますよ! 僕の魔力波形 (アクセス)に付いてきてください!」
「ええ、望むところです、ライナス君!」
刻一刻と迫る世界の崩壊 (デッドライン)を前に──2人の命をかけた、綱渡りのシステム改修が、本当の幕を開けた。




