第58話:マストリアの天才(チーフ)は、無能を許さない
「っ……!? ライナス君、これを見てください! 外の防衛ゴーレムとの同期信号 (ステータス)が……!」
アレン様が悲鳴のような声を上げる。
主駆動輪 (メインコンソール)から空中へと投影された起動記録 (ログ)を追っていた僕の指が、ある箇所で不自然に止まった。外周を警備しているはずの自立型防衛ゴーレム (システム)たちの識別信号(ID)が、上から順番に『未識別 (エネミー)』へと書き換えられていく。
その直後、主駆動輪の横に置かれた通信魔導具から、雑音 (ノイズ)混じりの怒号が飛び込んできた。
『──っ、こちら外周第3防衛線! 報告します、防衛ゴーレムが突如暴走! 安全装置 (セーフティ)が機能しません! 味方であるはずの警備兵を敵と誤認、攻撃を開始していま──クソッ、どけ! 圧縮炎弾 (コンプレス・バレット)が来るぞ──!!』
ズドォォォンッ!!
通信機越しの悲鳴と同時に、腹の底に響くような重い衝撃波が地下施設全体を激しく揺らした。天井からパラパラと細かい砂埃が落ち、明かりを灯す魔導ランプが電力不足(電圧低下)のようにチカチカと不吉な明滅を繰り返す。ゴーレムたちの放つ圧倒的な火力が、文字通り頭上まで迫ってきているのだ。
「な……っ!? 外の仲間たちが……!」
アレン様の顔から、さっきまでのポンコツな可愛らしさが完全に消え失せた。マストリアの最重要施設を預かる最高責任者としての、鋭く、そして強い怒りの眼差しがその琥珀色の瞳に宿る。
「何事だ、このけたたましい警報 (アラート)は!」
その時、ドカッと乱暴に地脈管理施設の扉が開き、先ほど追い出したはずの王宮魔導院の保守派幹部(老害)が、血相を変えて転がり込んできた。その後ろでは、他のエリート魔導師たちも「なぜ急に防衛ゴーレムが!?」「魔力波形がメチャクチャだ! 制御不能だ!」と右往左往し、完全にパニック状態に陥っている。
「ほれ見ろ、言わんこっちゃない。伝統あるマストリアの術式を、わざわざヨソ者のガキなどに触らせるからこんな障害 (エラー)を起こしておるのだ!」
「その通りでございます、ガルド様! そもそも『動いているものをわざわざ触る』という愚行を犯すからだ。余計なマネをしおって!」
「まったく仰る通りだ! 今すぐ作業を止めて、システムを元の状態に戻し (ロールバック)なさい! 大体、この不始末の責任はどう取るつもりだ! 始末書だけでは済まされんぞ!」
無能な幹部たちが、ガルドを中心に我先にと口々に喚き散らす。
(……出たよ。緊急障害 (インシデント)の真っ最中に一番足手まといになる『現場を理解してないのに口だけ出す上層部』! そもそもこれは僕たちの作業ミスじゃなくて、112年前からガルドとかいうアンタらみたいな無能が放置してたバグを利用した外部からのサイバーテロだっつーの! 黙ってろクソが!)
僕の脳内の苛立ち (ヘイト)が最高潮に達しかけたが、隣のアレン様は僕よりも早かった。
「五月蝿い!! 黙っていろ!!」
アレン様の凄まじい怒声が、パニックに陥っていた魔導師たちを一瞬で凍りつかせた。
「これはテロリストによるシステム乗っ取りです! 今ここで現状復帰 (ロールバック)などすれば、管理者権限を完全に奪われて施設ごと吹き飛びますよ! 1秒でも惜しい時に無能な横槍を入れるなら、そこらへんの縄で縛り上げて物理的に口を塞ぎますよ! 全責任は自分が取ります。だから、黙って見てなさい!」
一切の容赦のない一喝。その気迫に圧倒され、老害幹部たちは口をパクパクさせるだけで一言も反論できなくなった。
アレン様は彼らを完全に無視して僕に向き直る。
(ヒュー。かっけー!! こういう上司、前世の僕にも居てくれたら良かったなー)
僕は敬慕の念を抱いた。
「ライナス君、外のゴーレムの魔力供給を、ここから物理的に遮断 (シャットダウン)できませんか!?」
「ダメです、弾かれます! 敵の『潜伏中の特権ID (シャドウ・クレデンシャル)』が外部ポートを完全にロックしてる! システムの根本を押さえられてるから、通信を拒否する権限がこっちにない!」
「だったら──遠隔で強制上書き (オーバーライド)を仕掛けるまでです。マストリアのシステムを、テロリストの好きにはさせません!」
「了解、乗るしかねえなこのビッグウェーブ! アレン様、防壁の突破口を開けます、僕の魔力波形 (アクセス)に同期してください!」
主駆動輪の奥深く──そこに展開されたのは、現代のパッケージ化された便利な魔法陣ではなかった。
縦横無尽に張り巡らされた魔力の糸は、階層 (レイヤー)ごとに配置された複数の『光の歯車』を複雑に繋ぎ、巨大な時計のムーブメントのように立体的なシステムを形作っている。
(……これだ。ヴァルゼリアの基幹魔導核 (メインサーバー)と全く同じ設計思想 (アーキテクチャ)……! 143年前のご先祖様が作った双子のシステム!)
魔力の糸を一本ずつ手作業で編み上げるような、泥臭い手触り。だからこそ──面白い。勝手知ったる他人の家、いや、自分の故郷に帰ってきたような全能感が僕の脳内を駆け巡る。
しかし、いざシステムの中枢へ魔術回路を滑り込ませた瞬間、僕は思わず歯噛みした。
(クソッ……! 邪魔だ、邪魔すぎる……!!)
本丸の呪詛コードに辿り着く手前に、歴代の無能な魔導師たちが重ねてきた「その場しのぎの魔法陣 (クソコード)によるパッチ当て」が、複雑に絡み合うスパゲッティのように行く手を阻む。過去の無数のノイズが盾になって、敵のウイルスプログラムまで解析 (デバッグ)の魔力が届かないのだ。
タイムリミットは、外で戦う仲間たちの命。
ジワリと額に汗が滲む。
一刻の猶予もない焦燥感の中、アレン様の凛とした声が脳内に直接響いた。
「ライナス君、昔のゴミ魔法陣は自分が片っ端から最適化 (リファクタリング)して道を作ります! 君はそのまま、一番奥にある敵の強制終了 (キルスイッチ)を叩き潰して!」
「──っ、最高の上司 (チーフ)ですね! 先導 (エスコート)は任せました、アレン様!!」
アレン様の琥珀色の瞳が、常人では追いつけない速度で流れる光の文字列を冷徹に捉えている。彼女の十指はもはや残像しか見えないほどの爆速で宙を舞い、パチパチと火花のような魔力の残滓を散らしながら、光の歯車を狂わせていたクソコードの泥団子をみるみるうちに分解し、綺麗な一本の道を切り拓いていく。
(そこだ……! 捉えたぞ、112年前の幽霊 (バグ)──!!)
僕は細くきらめく光の魔力糸を指先で器用に手繰り寄せ、敵の攻撃によって乱された『経路の編み目 (ルーティング・メッシュ)』を一本ずつ紡ぎ直していく。
そして僕とアレン様が同時に、複雑に編み込まれた魔力の糸──その中核となる『実行の結び目 (コミット・ノード)』へ、決然と自らの魔力を流し込んだ。
パリン、とガラスが割れるような美しい音が響き、通信魔導具の向こうから「ゴーレムの動きが止まったぞ!?」という歓声が聞こえる。まずは外の仲間たちの危機を、間一髪で救うことに成功したのだ。
「ふぅ……! やった、やりましたよアレン様!」
「ええ、お見事です、ライナス君! 自分たちの勝ち──」
ホッと息を吐き、2人が顔を見合わせた、その瞬間だった。
──ピーッ、という耳鳴りのような甲高いノイズが鼓膜を刺す。
歓喜に沸いていた通信機の向こうの音声が、不自然にブツンと途切れた。室内の温度が急激に下がり、肌が粟立つような悪寒が背筋を駆け上がる。
主駆動輪の最奥から、これまでとは比較にならないほどの重低音の警告音が地鳴りのように響き渡った。
空中を舞う光の歯車が、一斉に血のような真っ赤な光に染まる。
そこに浮かび上がったのは、外からの攻撃を検知して自動で移行してしまった、本当の、そして最悪の文字列だった。
【──警告。強制自爆シーケンスへ移行しました。施設崩壊まで、あと30分──】
(……へ? 嘘だろ。外のゴーレムの暴走は、僕たちの目を逸らすための、ただの『時間稼ぎ (デコイ)』だったってことか……!?)
一難去ってまた一難。
最悪の連鎖崩壊 (カスケード・ダウン)への秒読みが、今、残酷なまでに響き渡った。




