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第56話:暗黒の迷宮コード(ラビリンス・コード)と、外面の魔女

「ふふふ最高です。ライナス君! では、いよいよ本番といきましょうか!」


 トッドという名のニヘラ顔(サボり魔)が泣きながら逃げ出したのを見届けたあと、アレン様はバッと目の前まで近づいてきた。

 ……が、なぜかその視線は、僕の目ではなく、僕の眉間か額のあたりをじっと見つめている。


(威厳はあるのに、目が合っている気が全くしないな……?)


 さっきまでの気高き天才令嬢という『外面 (ねこかぶり)』の割には、どこか挙動がおかしい気がする。

 そんな僕の小さな違和感を置き去りにしたまま、彼女は次の行動に移った。


 言い終えるが早いか、アレン様はくるりと僕に背を向け、主駆動輪 (メインコンソール)へと向かった。そして流れるような動作で眼鏡を外し、主駆動輪の光の歯車へと顔を近づける。


(あ、背を向けた瞬間に眼鏡外した。顔を見られたくないのかな?)


 お淑やかな令嬢の気配は完全に消え去り、深夜のサーバー室に籠もるデスマーチ常連組特有の、ギラギラとした狂気が瞳に宿っている。


「さあ、百年以上もの間、誰も開けられなかった、マストリア地脈管理システムの『最奥 (ソースコード)』を展開するよ。君の『梟の潜行式 (オウル・ステルス・オーエス)』と、自分の『零鳥の駆動式 (サンダーバード・ドライブ・オーエス)』、同時にアクセスキーを叩き込む!」


「了解。――展開 (コンパイル)、開始」


 僕とアレン様が同時に『主駆動輪』へと魔力を流し込む。

 二つの最高位生体認証(アクセス権)が噛み合い、少なくとも百年ぶりにシステムの最深部が解錠された。眩い光と共に、僕たちの目の前の空間へ、膨大な数の魔法陣 (コード)の文字列がホログラムのようにブワッと一斉に展開される。


 その光景を目にした瞬間。

 僕とアレン様は、完全に言葉を失ってフリーズした。


「…………は?」


 僕の口から、乾いた声が漏れる。

 視界を埋め尽くしたのは、美しく整えられた術式などでは断じてなかった。

 それは、幾重にも不細工に絡み合い、どこが始点でどこが終点かも分からない、おぞましい魔力の泥団子。前世の言葉で言うところの――『暗黒のスパゲッティコード』そのものだった。


「な、何だこれはぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?」


 僕は思わず頭を抱えて絶叫した。前世のチーフエンジニアとしての本能が、激しい拒絶反応を起こして脳を直接殴りつけてくる。


「多重ループの中に処理数値を直接編み込 (ハードコーディング)んでんじゃねえよ! なんで地脈の出力調整が『力技(ゴリ押し)』なんだ!? あと、この巨大すぎる単一の魔法陣(神クラス)は何なんだよ! 機能を分割しろ機能を!」


「だよねーーー!? これは酷いでしょ!?」


 アレン様も髪をボサボサに掻きむしりながら、血を吐くように叫ぶ。


「百年以上前に完全同期が途絶えてから、歴代の無能な魔導師たちが『よく分からないけど、ここを弄ったらとりあえず動いたからヨシ!』ってノリで、その場しのぎの改修 (パッチ)を重ね続けた結果がこれだよ! ほら、ここの注釈術式 (コメントアウト)なんて見てよ!」


 アレン様が指差した部分の注釈を読み、僕は眩暈を覚えた。


『――[Memo] なぜか分からないが、この3行の術式を削除すると施設全体が物理的に爆発する。触るな。絶対に。呪われるぞ』


「呪いじゃなくて単なる循環参照とバグの副産物だろうがぁぁぁ!!」


 前世の社畜トラウマが完全に大復活である。

 僕は懐から、クロード主任に持たされた超高濃度魔力回復薬(缶コーヒー代わり)を取り出し、一気に煽った。五臓六腑に染み渡る激苦の魔力を感じながら、袖をガッツリとまくり上げる。


「……アレン様、魔力回復薬 (トニック)の予備は?」


「もちろん、段ボール3箱分用意してあるよ」


「よし、徹夜 (デスマーチ)の準備だ。このクソ魔法陣 (コード)どもを、片っ端から綺麗に書き換え(リファクタリング)てやる……!」


 2人のオタクが、戦友としての誓いを交わし、主駆動輪へ指を滑らせようとした――その時だった。


「おい! そこで何をしている!」


 背後の重厚な扉が乱暴に開け放たれ、ゾロゾロと豪奢なローブを着た老人たちが乗り込んできた。

 先頭にいるのは、顎髭を立派に蓄えた王宮魔導院の保守派幹部(老害)。そしてその背後には、さっき僕に論破されて泣きついたらしいトッドが、勝ち誇ったようなニヘラ顔で控えている。


「アレン様! スターリング侯爵家の権限があるとはいえ、いくら『鍵』の血筋だからと、このような他国育ちのヨソ者、それもこんな子供に我が国の国家機密である地脈システムを弄らせるとは何事ですか!」


 老害幹部は僕を忌々しげに睨みつけ、フンと鼻を鳴らした。


「伝統あるマストリアの術式を、子供の遊び場にするな! 大体、システムは現在『動いて』いるのだ! 動いているものをわざわざ触る必要などない! 鍵としての認証が終わったなら、その子供はさっさと追い出しなさい!」


(……チッ、出たよ。技術を1ミリも理解してないお偉いさんからの横槍……。そしてエンジニアがこの世で一番嫌いなセリフ『動いてるから触るな』……!)


 イラつきの最高潮。脳内のアラートが鳴り響き、僕の感情が「イーッ!」となって暴走しかけた、その時だった。


 カチャリ、と隣で静かな音がした。

 アレン様が、ぶ厚い眼鏡をかけ直したのだ。


 ――瞬間、室内の温度が物理的に5度下がった。気がする。


「……静粛に、魔導院の皆様」


 それは、鼓膜を凍りつかせるような、冷徹極まりない「外面モード(最高責任者)」の声だった。

 アレン様は完璧な淑女の所作のまま、左手首にはめられていたブレスレットの魔石をリズムよく指先でトントンと数回打った。

 すると、空中に金色の刻印が押された書状がホログラムとして出力され、老害幹部の目の前へ突きつけた。


「これは、エレオノーラ大統領閣下より直々に発行された『地脈システム復旧に関する全権委任状』です。現在の最高責任者は自分であり、ライナス殿を解析チームへ招聘したのも自分の絶対権限。文句がある方は、今すぐ大統領府へ直訴し、国家反逆罪で即座に首を飛ばされてきてください」


「な、ななな……っ!?」


 老害幹部が、文字通り鳩が豆鉄砲を食ったような顔で絶句する。


「伝統ある術式、とおっしゃいましたか?」


 眼鏡の奥の琥珀色の瞳が、冷酷に老人たちを見下ろした。


「あなた方が百年以上もの間、『暗箱あんばこ(ブラックボックス)』にし、仕様書(設計図)すら紛失。挙句の果てには放置した結果が、あのクソ魔法陣の山です。自分たちは、あなた方の『無能のケツ拭き』をしているんですよ。黙って見ていられないのであれば、代わりに今すぐこのスパゲッティを解きほぐせますか? できないですよね? できないなら、作業の邪魔です。今すぐ回れ右をして出て行きなさい」


 一切の容赦のない、正論による完全論破。

 老害幹部たちは顔を真っ赤にしたり青くしたりしながら、一言も反論できず、トッドを連れて逃げるように退散していった。バタン、と激しく扉が閉まる。


「……ふぅ。外面の術式 (ねこかぶり)、出力終了」


 アレン様はホッとしたように息を吐き、僕に背を向け、眼鏡を外し、主駆動輪の光の歯車へと顔を近づける。


「よし……これより解析 (デバッグ)を再開する……!」


 完全に僕に背を向け、一切こちらを振り返らないまま、彼女の指先が恐ろしい速度で魔力の糸を編み直し始めた。


(なるほど。僕の方を向いている時はお淑やかな令嬢か、さっきの怖いチーフで、サーバーに向き合った瞬間からオタクモードに切り替わるタイプか。……っていうか、背中越しだとめちゃくちゃ早口だな)


 2人は作業に集中していた。――どのくらい時間が経っただろうか。

 互いに意見を交わし、夢中で魔力の糸を紡ぐうちに、いつの間にか2人の距離は肩が触れ合うほどに近付いていた。だが、その集中も次の瞬間に崩れることになる。


「ねえ、ここの魔力の接続構文だけどさ、やっぱり――」


 書き換えの熱量に浮かされたアレン様が、議論に熱中するあまり、勢いよく僕の方へと振り返った。

 ――そして、眼鏡を外した、あまりにもお人形さんのように整った琥珀色の瞳と、僕のグレーの瞳がバチッと正面から合ってしまう。


「……あ」


 アレン様の動きがピタリと止まった。

 数秒前までギラギラしていた瞳が、みるみるうちに恐怖と羞恥に染まっていく。顔が急速に真っ赤に沸騰していくのが、見ていてハッキリと分かった。


「ひ、ひぃぃぃっ! ご、5センチ隣に生身の人間(ライナス君)の顔がぁぁぁ! 目が、目が合っちゃったあわわわ、無理無理無理っ!!」


「うわっ、急にどうしたんですか!?」


 アレン様は悲鳴を上げて主駆動輪にしがみつき、カチャカチャと震える手で必死に眼鏡を探し始めた。まるで凶悪な魔物と目があってしまったかのような大パニックだ。


(いや、僕の顔を見てそんなに怯えないでほしいんだけど……。僕、何か失礼なことしましたっけ!?)


 完璧な正論で老害を撃退した直後だというのに、まさかの相棒のガチ拒絶。

 異国で得た、初めての戦友にここまで怯えられ、子供なりに傷つくのであった。

 この大パニック状態で、僕たちの地獄の解析作業は本当に乗り切れるのだろうか──。

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