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第54話:天弦の流星駆(ベガ・グライド)

 マストリア合衆国での2日目の朝、僕たちは宿のロビーで、出発の準備を整えていた。


「ライナス、仕事を早く終わらせろ!観光するぞ!」


「アルマ様、遊びに来たんじゃないんですよ。ライナス様、あまり大統領府で暴れないでくださいね」


 呆れ顔で僕は「えー……」と返事をした。アルマ殿下から遊びモード全開のプレッシャー(激励)をもらい、カイルさんからはお小言をもらう。非公式の滞在とはいえ、王族が他国で自由奔放に振る舞うわけにはいかない。


 今回の僕の同行者(表向きはただの友人)として、2人の安全と国際的な筋を通すための裏工作は、すでにクロード主任があの日、突貫作業で公式緊急渡航許可書を発行させた際、既に完了しているらしい。


 そんなことを考えていると、窓の外、専用の魔力軌道線が敷かれた特別停留所に、静かに一台の車両が滑り込んできた。


「な、なんだあれは!? 浮いているぞ!?」


 ヴァルゼリア王国の常識(馬車)で生きてきたアルマ殿下とカイルさんは、驚きのあまり目が点である。流線型の美しいボディ、磁力ならぬ魔導の斥力と引力で浮上して走るその姿に、僕の脳内コンパイラが一瞬で前世の知識とリンクした。


(うわ、リニアモーターカーじゃん! 魔法でこれを実装したヤツすげえな!)


 車両の扉が静かに開くと、そこから現れたのは、見事なまでに『外面モード(ねこかぶり術式)』を起動させたアレン・スターリング侯爵令嬢だった。


「ご機嫌麗しゅう、ラ、ライナス君。……お、お、お初にお目にかかります皆様。自分、アレン・スターリングと申します」


(あぁー。人見知り発動中。昨日より酷いな、どもっちゃってるし)


「ごきげんよう、アレン様。お迎えありがとうございます」


 僕が挨拶を交わすのと同時に、殿下が身を乗り出した。


「あれはなんだ? すごいな? な? どうなってるんだ? なぜ浮いてるんだ? な?」


「ひぃ!」


(うん、ぶれないね、アルマ殿下、さすがです。そして圧、やばいよね、わかるよーアレン様、ファイト)


 内心同情しつつも、生暖かく見守っていると、カイルさんが割って入った。


「コホン! ご令嬢に失礼ですよ、アルマ様、まずはご挨拶を」


「あぁ、すまない、アルマだ、よろしくたのむ」


 満面の笑みを浮かべる殿下の背後から、カイルさんがため息をつきながら挨拶をする。


「主がとんだ失礼を、従者のカイルと申します。以後お見知りおきを」


「あっ、あの、その、本日は我がスターリング家が開発し、その、特許を取得しました『天弦の流星駆 (ベガ・グライド)』――通称『ベガグラ』にて、えっと、あの、大統領府までご案内させていただきます」


 引きつった微笑みを浮かべ、完璧な淑女の所作で頭を下げるアレン様。


(さすが、侯爵家のご令嬢。とは言え、なんか、やり切った感が半端ねーな)


 なんて思っていると、すかさず殿下の好奇心に火が付いた。


「おおー!! あれを開発したのか? すごいな? な? どうなってるんだ?」


「ひぃ!」


(うん、諦めて……。そのうち慣れるよ)


 僕はそんな2人をよそに、我が家の有能な執事・ノーマンと共にそっと車両に乗り込んだ。


(……っていうか、よくよく考えたら、国家レベルの超特大インフラである魔導リニアを『個人所有』して私物化してるって、スターリング侯爵家どんだけ規格外の富と権力持ってるんだよ。新幹線を個人タクシー代わりにしてるようなもんだぞ、これ……)


 全員が席に着くと、ハイテクな個人所有車両が静かに滑り出した。


(昨日、地下室の扉が閉まったとたんにマシンガントークしてきた挙句『レグルス様の血筋ぃぃ!』と騒いでいたオタクと同一人物か……? 外面の術式が完璧すぎて、ドン引くレベルだよ)


 心の中でツッコミを入れつつ、ベガグラは文字通り流星のような爆速で駆け抜け、あっという間にマストリア合衆国の中心部、近代的な大統領府へと僕たちを送り届けた。



◆◆◆



「あっあの、エレオノーラ・マックマストリア大統領、こ、こちらがヴァルゼリア王国から、お招きした技術者、ライナス・フォン・フォール殿です」


 アレン様が大統領にたどたどしく紹介し終える。


「お初にお目にかかります、大統領閣下。ライナス・フォン・フォールです。お招きいただき光栄です」


 大統領が手を差し出し、僕がそれに答え握手をかわす。


「遠くからよく来てくれました。感謝します」


 大統領執務室で僕たちを迎えたのは、マストリア合衆国の最高元首、エレオノーラ・マックマストリア大統領だった。


 政治の修羅場 (デスマーチ)を笑顔で勝ち抜いてきたというその女性は、キリッとしたショートカットのハニーゴールド(蜜飴色)の髪を揺らし、機能美を極めたパンツスーツスタイルの礼服に身を包んでいた。徹夜続きの地脈炎上対応のせいで、実は裏で栄養ドリンクをガブ飲みしているらしいが、その瞳には周囲を圧倒する健康的で勇敢な覇気が満ち満ちている。


「我が国と、ヴァルゼリア王国の命運があなたたちの血筋(生体認証)にかかっていると伺いました。申し訳ないですがよろしく頼みます」


 大統領は親しみやすい笑顔で僕に特急の依頼を出したのだ。そして、僕の背後に控えるアルマ殿下へとスッと視線を移した。


 表向きは一般の随行員としての同席だが、国家のトップ同士、裏では最高機密として話が通っている。エレオノーラ大統領は敬意を込めて小さく一礼し、アルマ殿下もまた、王族としての気品あふれる笑みで「ライナスに任せておけば問題ないです」と、短く『裏の挨拶』を済ませた。カイルさんも横でビシッと騎士の礼をとっている。


 公的なやり取りを終わらせた僕たちは、いよいよ本題に入る。ここで二手に分かれ、殿下とカイルさん、ノーマンは控室へと向かった。


◆◆◆


 残った僕はアレン様の案内で大統領府の地下に広がる「王宮魔導院が管理する、地下の地脈管理施設」へと魔導昇降機エレベーターで降りていく。


(王宮魔導院……、あー、なんか違和感あると思ってたけど、歴史ある組織の名前だけそのまま残ってるパターンね)


 ライナスは自問自答の結果、一人で納得していた。

 そしてそこには、炎上するシステムを前にピリピリしている王宮魔導院のエリート魔導師たちが待ち構えている。彼らはライナスを見て、「生体認証の鍵(マスターキーの片割れ)がやっと来たか」と、あくまで『道具』として見るような視線を向ける。


 アレン様が胸元からカチャリとぶ厚いレンズの眼鏡を取り出してかけた。


(ん? 眼鏡で変身か? 雰囲気が変わったぞ)


「皆様、静粛に。ヴァルゼリア王国より、レグルス様の血筋であるライナス・フォン・フォール殿が到着されました。これで自分と彼の生体認証が揃いましたので、一刻も早く解析を済ませ、期限内になんとしてもこの炎上を終わらせましょう。それと彼にもお手伝いいただくので皆様そのおつもりで。では各自作業をお願いします」


「お待ちくださいアレン様! 彼はただの認証の『鍵』でしょう!? なぜ部外者に、しかも王国の子供に我が国の国家機密である『地脈回線の解析』まで手伝わせるのですか!?」


(まぁ当然そうなるわな)と、ライナスは至極当然だと思う。


「今回のプロジェクトの最高責任者は自分です。彼を解析チームに入れるのはトップである自分の決定です。皆さん、そのつもりで作業に戻りなさい」


 絶対的な威厳。すまし顔のまま冷たく一蹴。眼鏡をかけたアレン様は別人の様だった。

 エリートたちが、ぐうの音も出ずに引き下がっていくのを見届けたアレン様が、さッとライナスの方を向き、眼鏡の奥の目をキラリと輝かせた。


「――というわけですので、ライナス君。これ(解析のメインコンソール)をお願いできますか? 当然、君なら問題ないですよね?」


 満面の笑みと無言の圧力がのしかかる。


(……あれ? 絶大な信頼を隠れ蓑にした、この有無を言わせない丸投げ気質……。笑顔の奥にある、逃げ道を塞ぐタイプの凄まじい圧……。え? なにこれ、デジャヴ……?)


 ライナスの脳裏をよぎる、遠いヴァルゼリア王国にいるはずのブラック上司(クロード主任)の幻影。――遠い目。


「……はぁ、やればいいんでしょ、やれば」と、僕はこれからの壮絶なバグ取り戦に向けて、静かに袖をまくり上げた。

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