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第53話:マストリア上陸と、限界オタクの美少女

 船旅の終わりを告げる汽笛が響く、とうとうマストリア合衆国へと上陸だ。


「ライナス、見てみろ! あっちの船舶凄く大きいな、この船とどっちが速いかな?」


 船の甲板で、アルマ殿下が『色覚偽装の魔導眼鏡』の奥から目を輝かせ、僕の袖をぐいぐいと引っ張ってきた。立場上、王宮では普通に友達を作ることすら許されない彼にとって、この異国への旅と、気兼ねなく話せる僕はよほど新鮮なのだろう。完全に僕のことを『対等な友達』として懐いてくれているようだ。


「はいはい、あまり身を乗り出すと危ないですよ。カイルさんもハラハラしていますから、少し落ち着いてください」


 僕は苦笑しながら、おざなりに相槌を打つ。

 まあ、僕の中では(手のかかる弟がはしゃいでるなぁ)くらいにしか思っていない……。この絶妙な温度差が、僕たちの健全な友情(?)の秘訣なのかもしれない。


 やがて船は、マストリア合衆国の巨大な港へと接岸した。

 ここからは事前の予定表通り、非公式である殿下とカイルさんは一足先に宿へと向かい、僕とノーマンは別行動だ。


「それではアルマ様、後ほど宿で」


「うむ。ライナスも気をつけてな!」


 殿下たちを見送った後、僕は自分の懐にある、今回の『出張命令書』をそっと確かめた。


 僕がここマストリアへ赴いた本当の理由。

 それは、現在こちらの基幹魔導核 (メインサーバ)の管理チーム(王宮魔導院)から我がヴァルゼリア王国の王宮へ「マジで助けてくれ」と技術支援(緊急ヘルプ)の要請が入り、それを直属の上司であるクロード主任から「お前しかいないから、ちょっと隣国までデバッグに行ってきて」と、ぶっちゃけ業務命令として放り出されたわけだ。


 143年前、僕たちの先祖である『双子』が敷設した『海底地脈回線』。

 その管理制御システムは、フォール家とスターリング家という、双子の血筋である2人が揃ってアクセスしなければ、最深部のアクセス権限 (マスターキー)が解除できないという、とんでもなく強固なセキュリティ仕様になっている。

 つまり、向こうのシステムも炎上した今、没落貴族の子供だろうが何だろうが、僕の血筋(アクセス権)は絶対条件なのだ。


「さて、ノーマン。まずはスターリング侯爵家へ挨拶に行こうか」


「はい。坊ちゃま、参りましょう」


 ヴァルゼリア王国に比べて近代的で活気あふれる街並みを抜け、僕たちはマストリア屈指の名門、スターリング侯爵家の屋敷へと到着した。

 没落した親戚とはいえ、向こうからすれば『一刻も早く来て欲しかった救世主(マスターキーの片割れ)』だ。門をくぐると、屋敷の執事や使用人たちは「お待ちしておりました、フォール伯爵様からも事前にご連絡を頂いておりました。さあどうぞこちらへ、ライナス様!」と、極めて丁重に僕たちを応接室へと迎え入れてくれた。


 そこで待っていたのは、スターリング家の若き血筋だった。


「……初めまして。ライナス・フォン・フォールです。これ、父のコンラッドから預かって参りました。ご当主様にお渡しください」


 豪奢なソファに腰掛けたままの少女に、僕は礼儀正しく頭を下げ、父上から預かってきた手紙を差し出す。

 傍らに控えていた執事がそれを恭しく預かり、少女の手元へと運んだ。彼女はビクッと体を震わせ、恐る恐る手を伸ばしてそれを受け取る。


「あ、あ、ありがとうございます……。……初めまして、ライナス君。自分、アレンて言います」


 そこにいたのは、まるでお人形さんのように整った、お淑やかな美少女だった。

 年齢は15、6歳くらいだろうか。茶髪に赤みがうっすらかかった、綺麗なショートボブの髪に、吸い込まれそうな琥珀色の瞳。

 あまりにも端正で可愛らしい顔立ちだが、人見知りなのか、僕と目が合ったとたんに落ち着きがなくなる。


(……実は、彼女の美しく整えられた素肌はメイドたちの超絶技巧の化粧魔術(隠蔽)によって濃厚な目の下のクマが隠されていたことを、この時の僕は知る由もなく……)


 それより何より、僕は別の意味で驚愕していた。


(顔が、ヴァンス兄さんに生き写しなんだけど!?)


 僕のすぐ上の兄、お気楽脳筋な次男のヴァンス兄さんに顔のパーツがそっくりだ。これほど美少女なのにである。あまりの血筋の主張の強さに、僕は内心で激しく戦慄していた。


「あ、あの、今後の対応について、ざっくりとした話をしましょう。こちらへ……」


「はい、わかりました」


 アレン様は視線を泳がせながらトコトコと歩き出し、僕を屋敷の地下にある、魔導具や怪しい書類が山積みになった研究室へと案内した。

 そして、重厚な扉がパタンと閉まった、その瞬間――。


 お人形さんのようだった姿は一変し、彼女の目が、獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光った。


「フォール家が管理してる向こうの基幹魔導核は今、どんな状況!? 113年近く蓄積された未処理の魔力残滓 (ログエラー)のせいで、こっちの『海底地脈回線』の管理施設はもうパンク寸前なんだ! 魔法陣のパッチ当てはどこまでやった? バックアップの整合性は取れてるの!? ねえ、ねえ、どうなってるの!?」


 ……さっきまでのお淑やかな美少女はどこへ行った。


 ヴァンス兄さんにそっくりな顔のまま、ものすごいマシンガントークで矢継ぎ早にまくしたててくるアレン様に、僕は一歩、いや三歩ほど本気でドン引いた。

 前世のデスマーチの現場でも、ここまできれいに限界を迎えているエンジニアは早々お目にかかれなかったな。


「あ、あの……アレン様? 落ち着してください」


「――ッ!!! じ、自分、あっ……!」


 僕が恐る恐る声をかけると、アレン様はビクッと肩を震わせて我に返った。

 みるみるうちに顔を真っ赤に染め、視線をキョロキョロと泳がせ始める。


「す、すみません……自分、すごい人見知りで、あの、その……えーっと! 魔、魔導工学の話だったら、その、いっぱい喋れる、というか……あの、ううっ」


 両手で顔を覆って縮こまってしまった彼女を見て、僕は確信した。


(なるほど。中身は重度のアレ(同類)だ……)


 顔は脳筋のヴァンス兄さんなのに、中身は僕と同じ『重度の技術オタク』。さすがは親戚、血は争えないなと思いつつ、僕は苦笑する。


「……事情は分かりました。僕のご先祖様が残した、隠し基幹術式(OS)『(ふくろう)潜行式(せんこうしき)』のログファイルなら、ここに持ってきてありますよ」


 僕が懐から『秘匿方塊録 (グラフィック・キューブ)』を取り出すと、アレン様は弾かれたように顔を上げ、再び目を輝かせた。


 僕は美しく細工されたキューブの面をカチャカチャと滑らせていく。知る者にしか解除できない複雑な暗号キー (パズル)を一瞬にして揃えると、キューブの幾何学模様が淡い光を放ち、内部のデータプロテクトが静かに解錠された。


「それ! そのデータ (ログファイル)があれば、こっちのバグの原因が解析 (デバッグ)できる! 君の家の『梟の潜行式』……いや、『オウル・ステルス・オーエス』のデータがあれば、自分が管理してる『零鳥らいちょうの駆動式 (サンダーバード・ドライブ・オーエス)』のバグ箇所を特定して、同期 (シンクロ)の一歩手前までパッチを当てられるんだよ!!

あ、この呼び名ね、マストリアの古語では『激しい雷の鳥』って意味もあるんだけど、それだけじゃなくて! 隠し基幹術式 (オーエス)の限界出力 (オーバークロック)時に、全体の魔力残量が完全に『零 (ゼロ)』になるまで出力を限界突破させて叩き込むから、この名が付いてるんだ。でもそんな由来はどうでもよくて、とにかく今すぐデータを展開して解析 (スキャン)を始めないと、このままだと両国の基幹魔導核が共倒れで焼き切れるんだよ!!」


(なるほど……。呼び名の響きは静かそうだけど、中身はゴリゴリの高負荷・超高出力OSか。っていうか、オーエスってなんだよ。やっぱり早口だな……)


 まくしたてるアレン様に圧倒されつつも、僕は『秘匿方塊録』を差し出した。

 彼女はそれを奪い取るように受け取ると、すぐさま解析用の魔法陣へと組み込み、バチバチと激しい魔力の火花を散らせながら術式陣 (コンソール)へと向かう。


「――よし、これでエラー箇所の特定とシステム復旧(パッチ適用)はこっちで進められる! でも、最後の最後、システムを再起動させて回線全体を完全同期させるには……」


「僕の生体認証(アクセス権)による、同時署名 (マルチシグ)の解除が必要、ですね?」


「そう!! さすがレグルス様の血筋、話が早くて助かる!!」


(クロード主任に言われた通り、やっぱり僕が直接この場に来なきゃ、最後のロックは絶対に解除できない仕様か。143年前にアルタイル様と、我が家系の先祖であるレグルス様の双子が立ち上げたシステムだ、本当に手堅いセキュリティを作ってくれたもんだよ。つうかさ、血筋が途切れたらどうするつもりだったのかな? あぁ、こんなに長く、ましてや百年以上もの間使われるとか思ってもいなかったのかもな……)


 生体認証なんてその血筋が途切れたら一生解除できなくなることを考えなかったわけじゃあるまいし、まぁ、当時ご先祖様が何を考えてたかなんて今は知る必要はないな、と意識の片隅に追いやった。

 クロード主任から押し付けられた炎上案件。

 そして、目の前の美少女(中身は限界プログラマー)と共に挑む、マストリアでの新たなデスマーチ。


 どうやらここでも、僕の平和なスローライフへの道は、遠く険しいものになりそうだった。

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