第51話:事前調査と、水縹(みずはなだ)の海へ
僕はクロード主任の案内で、事前調査のため王宮にある地下の『禁書・旧技術保管庫』に来ていた。
そこは、天井まで届く巨大な本棚が幾重にも並んでいる。
歴史ある魔導灯が静かに照らすその厳かな空間で、ギシギシ言う木製の危なっかしい脚立 (ハシゴ)の最上段に立ち、自分の体ほどもある分厚い革張りの本と格闘していた。
(うわ、高っ……! 前世の図書館なら、パソコンで一発検索できて、自動で本が運ばれてきたりするのになぁ。この世界は魔法はあるわりに、こういうインフラの検索システムや高所のピッキング作業はめちゃくちゃアナログで不便だよな。おっと、危なっ……!)
「ライナス、目的の物はあったかい?」
主任の声が下から飛んできた。脚立を支えてくれていたのだ。
「あっ、はい、今降ります」
僕は大急ぎで脚立を降りると、大きな本を机に置き、2人で覗き込んだ。
「……うわ、なんだこれ。143年前の地脈接続仕様書、注釈 (コメントアウト)が全部昔のマストリア語で書かれてる。しかも改行のルールがバラバラでめちゃくちゃ読みづらい……」
「しかたないね。なにせ古いからね……」
主任がため息交じりで呟いた。
「そうですね……」
僕は主任に同調した。そして、パラパラとページをめくりながら、脳内で古い術式のソースコードを現代の理論に翻訳していく。
主任と一緒に調査した『梟の潜行式(隠しOS)』の情報と、照らし合わせるためだ。
「やっぱり。5代前の先祖がマストリア合衆国からこの国へ婿養子に来てすぐ、両国を繋ぐ『海底地脈回線』を構築した記録がある。……だけど、ここ。彼が亡くなったとされる113年前を境に、引き継ぎの記録が一気に雑になってますね」
生前は、マストリア側に残った双子の兄の家系と密に連絡を取り合って同期を維持していたようだが、2人が亡くなってからは両家の付き合いも段々と疎遠になったらしい。
残された当時の人間がだましだまし動かしていたようだが、仕様書もないブラックボックスに耐えかねて、ついには手つかずのまま放置された――。
「そのようだね。私もここまでのことは調べていなかったよ。今も昔も、これからもずっと変わらず動いているものだと思い込んでいたからね……。そもそもの生い立ちなんて、気にも留めていなかった。ましてや、君のご先祖様が双子だったなんて、今回のことで初めて知ったくらいさ」
主任は少し後悔しているようだった。
「過ぎてしまったことは仕方ないですよ、これからのことを考えましょう」
「あぁ、そうだね」
気品たっぷりの笑みが主任からこぼれた。
(まぁ……そんなもんだよな、だから百年以上も塩漬けになってんだよな。それに歴史の教科書には『約百年前から稼働中』なんてざっくり書かれてるけど、これ、現場が諦めたな……。完全にデータが欠落してて、これ以上は紙の文献じゃわからない。あとは家に戻って、父上に直接質問してみよう)
僕は開いた仕様書を一度閉じ、また脚立を使い元へと戻したあと大急ぎで帰宅した。
◆◆◆
「……マストリア合衆国へ、明日出港、だと……!?」
フォール伯爵家、父・コンラッドの書斎。
お茶を吹き出しそうになっていた父上は、あまりの急展開に驚き過ぎてしばしフリーズしていた。
(あぁー、人って受けた衝撃の大きさが自分のキャパをオーバーすると本当に固まるんだなー)
のんきなことを思っている僕の前で、父上はこめかみを押さえ、本当に胃が痛そうに顔をしかめた。
「公式緊急渡航許可に王宮直轄の最高優先予算(ブラックカード級アセット)が出たとはいえ、あまりにも急すぎる。もっと事前に準備というものがあるだろうに……! 監査官(クロード主任)め、うちの可愛い息子をなんだと思っているんだ……っ」
胃を押さえてブツブツと文句を言いながらも、父上はすぐさま上質な便箋を取り出し、サラサラと見事な筆跡で手紙を書き始めた。魔力で封蝋 (シーリングワックス)をパチンと留め、僕に差し出す。
「ライナス、この手紙を向こうの『スターリング侯爵家』の現当主に渡しなさい。5代前、我が家に婿入りしたご先祖様の、お兄様側の血筋だ。今は疎遠になっているとはいえ、血を分けた親戚であることには変わりない。おまえたちの航海中に、こちらから『双子弦 (そうせいげん)』を響かせて、行く旨は伝えておく。あちらの当主も、この骨董品が鳴れば、我が家からの緊急事態だとすぐに察してくれるはずだ」
(そうせいげん! ひとつの糸を二つに分けて、量子もつれみたいに共鳴させてるやつか。前世の有線回線(LANケーブル)のロマンを、当時の技術で完全再現したワンオフ品だな)
「ありがとうございます、父上」
はぁ、と深いため息をつく父上の横顔を見ながら、僕は手紙を大事に懐にしまった。
「マストリアは我が国とは文化も魔導インフラの仕様も違う。何か困ったことがあれば、すぐにスターリング侯爵家を頼るんだ。……それから、ノーマン」
影のように控えていた我が家の有能すぎる執事が、音もなく頭を下げた。
「はい。旦那様。ライナス坊ちゃまの身の安全、および睡眠の管理にいたるまで、このノーマン、命に代えましてもお守りいたします」
「頼むよ、本当に……。アルマ殿下もカイル殿も同行されるとはいえ、私の胃のほうがもたない……」
(父上頑張って)と、僕はそっと心の中でエールを送るのだった。
◆◆◆
翌朝。
港を出航した『輝石駆動式・魔導巡航艦 (マギ・クラフト・キャリア)』のデッキで、僕は手すりに掴まりながら、見渡す限りの美しい海を見つめていた。
「綺麗だな……」
白い波しぶきを上げて進む船の上で、僕はふと前世の地球の記憶を思い出していた。
暗い海底には、世界中を繋ぐ『海底光ケーブル』という情報インフラの血脈が、人間の執念によって張り巡らされていた。
しかし、ここの海は佐藤巧の時によく見た、深く暗い「青」とはまるで違っていた。
太陽の光を浴びてきらきらと輝く水面は、どこまでも透き通った、優しく鮮やかな「水縹」の光を放っている。まるで極上のアクアマリンを限界まで透かしたかのような、淡く美しいその水色は、見ているだけで心が洗われるようだった。
そしてこの世界の海底にも同じ物がある。
いま僕たちが渡っているこの美しい波の遥か底、143年前、僕のご先祖様たちが命がけで敷設した『海底地脈回線』が今も眠っている。
(待ってろよ、ご先祖様。放置されすぎてガタがきてるその回線、僕が絶対にもう一度繋ぎ直してみせる)
エンジニアとしての闘志を燃やしていると、背後からバタバタと騒がしい足音が響いてきた。
「ライナァーーース!!!」
元気いっぱいの声に振り返ると、案の定、すでにテンションMAXのアルマ殿下と、後ろから苦笑いしたカイルさんを連れて爆走中。
あっという間に目の前に到着した。
(距離感がおかしい、いつにも増して近い、圧も半端ない)
「アルマ様、あまりはしゃぎすぎないでください。一応は非公式の旅とはいえ、周囲に溶け込んでいる『星見の密使 (ステラ・エミサリー)』の者たちに余計な気苦労をかけさせるべきではありません」
小声でカイルさんがアルマ殿下の耳元で何かを言い聞かせている。周囲の一般客に怪しまれないよう、ちゃんと『殿下』を抜いて良家のお坊ちゃま風に『アルマ様』と呼んでいるあたり、さすがはプロの側近だ。
この国では第一王子にあやかって『アルマ』と名付けられた子供はごまんといるから、これなら周囲に呼び名を聞かれても、ただの同名の旅人で押し通せる。
「あぁ、わかっている」
殿下がそれに合わせて小さく返事を返す。
その様子を見ていた僕は(ん?何かお小言かな?)と察するのだった。
「ライナス、すごいぞこの船! 案内されたスイートルームの中に、噴水みたいな魔道具があるんだ! それに、これから特上の最高級ランチが出るってカイルが言ってたぞ! お腹空いただろう、行くぞ!」
「わわっ、アルマ様、引っ張らないでください! 転びます、危険だからー」
大型犬のように目を輝かせたアルマ殿下に手を引かれ、僕たちは船内の最上級客室 (スイート)のダイニングへと移動した。
そこはまるで動く王宮のような豪奢な空間だった。
大きなシャンデリアに高級そうな調度品、窓の外を眺めればどこまでも広がる水平線。
トランクを部屋へ運んだノーマンも、すでに僕の斜め後ろに控えている。
そしてテーブルの上に次々と運ばれてくるのは、海の幸をふんだんに使った、前世の世界でいうところのフレンチの最高峰すら超えるような料理の数々だ。
「では、いただくとしよう」
「いただきます」
僕は殿下の声に続き、すぐさまフォークを伸ばし口に頬張った。
「……う、美味い……!」
殻ごと贅沢に焼き上げられたロブスターのテルミドールを口に運んだ瞬間、あまりの美味さに脳内の全回路がショートしそうだ。
プリップリの引き締まった身から溢れる甘みと、濃厚なホワイトソース、そして香ばしい焦げ目のついたチーズが口の中で完璧なハーモニーを奏でている。
「これが上流階級の特権 (プレミアムアカウント)の力……っ」
「どうだ!? ライナス、こっちの魚も美味いぞ、ほら食べてみろ!」
「あ、ありがとうございます。アルマ殿下」
苦笑いしながらも、僕は勧められた魚にフォークを刺した。
「坊ちゃま、こちらにお茶をご用意しておきますね」
「ありがとう、ノーマン」
手のかかる可愛い弟のような殿下に勧められるまま、僕は最高のランチに舌鼓を打った。
美味しい料理と、賑やかな仲間たち。
迫りくる未踏への緊張感を胸に秘めながら、僕たちのマストリア合衆国への船旅は、こうして最高のスタートを切ったのだった。




