第50話:特権昇格(sudo su)
翌朝。
いつもの様に研究室にやってきた。
昨夜、夜の20時までかかって仕込んだ『特権バイパス術式 (マジック・バックドア)』がうまく動くか、いよいよテストの時だ。
(ちょっと緊張するかも)
さすがに王宮基幹魔導核 (メインサーバー)を強制大炎上 (ロックダウン)させてしまうリスクがある。僕はじわりと手に汗をにじませながら、作業を開始する。
「――クロード主任の魔導共有核 (モバイル・ターミナル)に接続。魔法陣 (ダミーコード)を複製し転送する。特権昇格テスト、実行(sudo su)」
すっかり安定している基幹魔導核を見やる。空中に展開された進捗バーがじわじわと伸びていく様を、思わずメトロノームのように声に出して一定のリズムを刻みたくなった。
「チッ、チッ、チッ……」
もしここでご先祖様の『梟の潜行式(隠しOS)』に検知されれば、「不正アクセス」とみなされてシステム全体が強制大炎上 (ロックダウン)を起こす。
(頼む……僕の魔力滞留に便乗しろ……!)
固唾を呑んで見つめる中、空中の術式陣 (インターフェース)に緑色の文字がパッと弾けた。
『認証成功:一般ユーザー”クロード”を、管理者ユーザー”ライナス”のセッションに結合しました。命令受付開始』
「きたーッ!! よし!!」
思わず誰もいない研究室でガッツポーズを決める。
これで、僕が海の向こうにいても、主任はこの部屋の『梟の潜行式』を完全にコントロールできる。遠隔保守(リモート運用体制)はバッチリだ。
「さすがだね。ライナス、素晴らしい。私がログインするだけで、君の特権をそのまま使えるような『危険な裏口』を、本当にこの短期間で形にするとはね」
パチパチと拍手をしながら、研究室の扉を開けて入ってきたのは主任だった。
その手には、手のひらサイズの精緻な立体魔道具――『秘匿方塊録 (グラフィック・キューブ)』が握られている。
「あっクロード主任! おはようございます。ご要望通りです。引き継ぎ用の裏口テスト、完璧に疎通確認とれましたよ!」
「ああ、見事だ。そして、こちらも準備完了だよ」
主任はニヤリと、これ以上ないほどのドヤ顔を浮かべた。
そして、その『秘匿方塊録』を僕のデスクにコト、と置いた。
「クロード主任、これって秘匿方塊録ですよね。僕、これの解除コード (パスワード)を知りませんよ?」
このキューブは、外部からの魔力アクセス(リモート操作)を一切受け付けない。ネットワークから完全に隔離された『物理キー』だからこそ、ハッキング不可能な最強の暗号ロックとして機能している。
「おっと、そうだったね。私の魔導共有核から、ライナスの魔導共有核へ直接『解除用のコード(手順)』を送信する。暗号化してあるから受け取って3分後には揮発してしまうんだ。今すぐ確認してくれるかな」
主任が手元の『魔導共有核』を操作すると、ピコンと飛んできた。
「――はい、確認します。これが今回のロック解除用配列 (パスワード)ですね」
僕は自分の魔導共有核に表示された、複雑に入り組んだ魔力座標の展開図(解法マニュアル)を充血した目で凝視する。
そして、机の上の『秘匿方塊録』を両手で持ち上げた。
(ええっと、右の術式面を時計回りに二回、上の制御面を反時計回りに一回、底面のパリティビットを……よし!)
カチャ、カチャカチャ、カチャッ……!
指先を滑らせ、精緻な幾何学配列のパーツを手で回転させていく。
正しい順序で配列がカチリと噛み合うたびに、キューブの隙間からほんのりと青白い光が漏れ出す。
そして最後の一面をカチリと回しきった瞬間――。
パシュン、と排気音のような音が響き、キューブのロックが完全に解放された。
次にキューブからまばゆい光が放たれ、僕たちの間の空中に、金色の紋章が刻まれたいくつもの「魔導ホログラム」がズラリと整列して浮かび上がった。
「隣国マストリアへの公式緊急渡航許可書、および王宮直轄の最高優先予算(ブラックカード級アセット)。アルマ殿下とカイルの同行手続き。さらに、フォール家の執事 (ノーマン)を護衛に据えた国際渡航枠。それと明日の昼前に出港する『輝石駆動式・魔導巡航艦 (マギ・クラフト・キャリア)』の最上級客室 (スイート)の電子チケット――すべて、現時刻をもって決済完了 (コンプリート)だ」
僕は、空中に浮かぶデジタル化された「国王陛下の電子サイン」と「財務大臣の承認印」、さらには超特急で発行された全員分(僕、殿下、カイルさん、ノーマン)の国際渡航データを交互に見つめ、完全に顎が外れそうになった。
(おいおいおい……マジかよ……)
お堅いことで有名なこの国の王宮組織や外務系の部署を相手に、わずか1日でこれだけの国際承認データをすべてこのキューブの中にワンオペでぶち込んでくるなんて。
「……主任、仕事が早すぎる!!」
思わずド直球の心の声が飛び出した。
王位継承権を返還したとは言え王族だけのことはあるということか。たぶんこの上司、怒らせたら世界で一番敵に回したくないタイプだな。
「フッ、中間管理職の交渉力を舐めてはいけないよ。さあライナス、留守番対策と、渡航の準備は揃った。このキューブに全データを格納して、今日のうちに最低限の事前調査を終わらせるよ。――明日、君たちは海を渡るんだからね」
主任の言葉に、明日からの案件の重さがずっしりと肩にのしかかってきた気がした。
(嫌な感じだなー。無事に帰ってこれるよね? これ……)
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
おかげさまで、本作も記念すべき第50話を迎えることができました!
ライナスとクロード主任による「DevOps(開発と運用)」の最強の協力体制がガチッと噛み合い、物語はいよいよ海の向こう、新章の『マストリア合衆国編』へ向けての事前調査(第51話)へと突入します。
アルマ殿下やカイルも同行するこの旅路。環境が変わる新章で、アルマ殿下がライナスにどんな風に『懐いて』いくのか――賑やかになる道中をどうぞお楽しみに!
なお当作はコメント欄や評価欄を閉じた、ちょっぴりストイックな開発(執筆)環境でお届けしております。そのため、画面の向こうの皆様からの『ブックマーク』だけが、私にとって何よりのエネルギーであり、ライナスたちの明日の開発モチベーションになっております。
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51話からの新章も、どうぞよろしくお願いいたします!




