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第49話:セキュリティ激ゆる

 ――今朝、勢いで「世界全同期ミッション」のキックオフを宣言され、受けて立つ覚悟は決めた。

 決めた、ものの……。


(正直、死んでも行きたくねえ!)


 ついさっきまでこの部屋で大騒ぎしていたアルマ殿下とカイルさんは、上の人たちへの説明や同行手続きのために、一時的に外へと連れて行かれたところだ。


 静まり返った研究室の片隅で、僕は心の中で血の涙を流していた。

 残り118日。猶予は4ヶ月を切っている。一見長く見えるが、海の向こうへの移動時間と、あっちの化石 (レガシーシステム)の解析期間を考えたら、時間がなさすぎて吐き気がしてくる。

 本気の炎上案件じゃねーか、ちっ。


「ライナス、すまないね。連日のことで、でも君にしかお願いできない作業だからね」


 クロード主任が、デスクに突っ伏す僕の頭の横に、手のひらサイズのオブジェクトを静かに置いた。

 それは、精緻な術式フレームの各面に、エネルギー源としての魔導水晶が埋め込まれた小さなピラミッド型の『幻光四面体 (メッセージ・プリズム)』だった。


 主任がそのピラミッドの先端を指先でポン、と軽く押し込む。

 すると、表面の魔導水晶を通して屈折した光が淡い輝きを放ち、僕のデスクの上の空中に、今日の超過密スケジュールや伝達事項がホログラムとなってシャキーンと整列、浮かび上がった。


「……クロード主任、これって完全にデスマーチのタイムラインですよね? ご先祖様の隠し情報 (ログ)を調べるために僕は夜通し起きてたっていうのに、僕が留守にする間の『激ゆる裏口作り』まで今日のタスクに入ってるとか、子供の僕がやることの範囲を超えてると思うんですよ!?」


 早朝の要件定義が終わったばかりだというのに、主任の手際が良すぎて恐れ入る。


「うん、わかってるよ、じゅうぶん理解してるよ。すまないと思っているんだよ、でもね、私が『梟の潜行式(隠しOS)』を触れられないと、君が留守の間にここのシステムが大破 (ハングアップ)した時、誰も再起動 (リブート)すらできなくなる。……頼めるのは君だけだよね。私は今から王宮の上層部に直談判しに行って、殿下の同行手続きも含めた超特急承認 (エクスプレス・パス)をもぎ取ってくる。今日の昼には大方の準備が整うはずさ。……さすがに連日の徹夜はさせられないからね。まぁ、少しだけ残業には付き合ってもらうかもしれないけれど」


 困った顔も整ってるから嫌味だな、颯爽と研究室を出て行く主任。

 その後ろ姿を見送った。


「しかたない、よし……。やるか、セキュリティ激ゆるの突貫工事 (クソコード・ビルド)!」


 ポキポキといつものルーティンワークをこなし、僕は大きく頬を叩いて、デスクの上の魔導共有核 (モバイル・ターミナル)へと飛びついた。


 要件はこうだ。

 僕がこの国(拠点)を離れ、マストリア合衆国へ向かう間も、僕の管理者 (ルート)権限(認証キー)でログインした『セッション』をこの研究室の王宮基幹魔導核 (メインサーバー)に維持し続ける。

 そして、主任の専用魔導共有核 (モバイル・ターミナル)から送られる特殊な魔力波動だけを「本人認証」として受け入れ、僕のセッションに強引に便乗 (プロキシ接続)させて命令 (コマンド)を実行可能にする。


 前世の知識で言えば、sshのセッションを常時維持 (キープアライブ)したまま、特定のポートだけを暗号化してこじ開ける「セキュリティトンネリング」の構築だ。


 セキュリティ担当者が聞いたら泡を吹いて倒れそうな無理難題(仕様変更)だ。


「言うのは簡単だけど、僕が居ないってことは、王宮基幹魔導核に僕の生体魔力を常に『偽装供給』し続けなきゃいけないってことで……。ご先祖様のセキュリティ意識が高すぎて、普通の手順じゃ一瞬で権限拒否 (パーミッションエラー)になる」


 僕は魔導共有核の上に幾何学的な魔法陣 (コード)を爆速で弾き始めた。


 描いては消し、消しては描く。

 朝から始めた作業は、あっという間に午後を回り、窓の外が夕焼けに染まり、やがて夜の帳が降りていく。


「いや、常時接続だと地脈のノイズでセッションが切れる (タイムアウトする)可能性があるのかー。じゃあ、クロード主任が魔導共有核を起動した瞬間だけ、僕の残した魔力滞留 (スタック)と同期して、一時的に管理者権限を譲渡(sudoコマンド)するような魔法陣を王宮基幹魔導核の裏に直接物理設置 (デプロイ)するしかないかな……!」


 脳がじりじりと焦げるような感覚。だが、前世の社畜時代にサーバー室に閉じこもってメンテナンスをしていたあの感覚が蘇り、妙にアドレナリンが吹き出してくる。


(あぁーー、やっぱり自分でコードを組むのは最高に楽しいな……!)


「これでどうだ……! ライナス不在対応型・自動セッション維持、そして特権バイパス術式 (マジック・バックドア)、構築完了!」


(うん、命名がダサいな)自分で自分にダメ出しをしていた。


 時計の針が20時を回った頃。

 僕は、不敵な笑みを浮かべながら、完成した魔法陣を基幹魔導核 (メインサーバ)の最下層の隙間へと滑り込ませた。よし、これなら今日中に家に帰れる、ふかふかのベッドへダイブだ!


 ご先祖様の『梟の潜行式』に検知されたら、一発アウトで強制大炎上 (ロックダウン)を起こす諸刃の剣。

 勝負は明日。一度きり、エラーを吐かずに主任のアクセス権限を僕のセッションに便乗させられるかだ。


(頼むぞ、僕のクソコード!)


 嵐の前の静けさを孕んだ研究室に、基幹魔導核の駆動音だけが響いていた。

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