第48話:異世界出張の要件定義
「要するに、次は隣国(海外拠点)への長期出張 (デスマーチ)ってことですね、クロード主任?」
昨夜、基幹魔導核 (メインサーバー)の最下層でご先祖様の隠しログを発見した僕たちは、そのまま徹夜で大まかな要件定義を終えた。 そして明けた翌日の早朝、仕事の早いクロード主任から具体的な海外出張のスケジュールを突きつけられた僕は、ジト目で問い詰めていた。 主任は眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせ、王族特有の非の打ち所がない美しい笑みを浮かべた。ただし、その笑顔の温度は完全に絶対零度だ。
そう、思い返せば一昨日『――[Warning] マストリア合衆国(対向拠点)との同期エラー。地脈の完全全損まで、残り120日』のポップアップを目視したことに端を発している。
まさか、そこからの徹夜のバグ解析を経て、こんな早朝から海外出張の仕様書 (スケジュール)を叩きつけられる羽目になるとは。
「さすがはライナス殿、仕様理解 (ハナシ)が早くて助かるよ。すでにマストリア合衆国の管理チーム(王宮魔導院)からは、技術支援(緊急ヘルプ)の要請が入っているんだ。……何せあちらの国でも、地脈の逆流による魔導機器の同時多発エラー(システム障害)で大混乱に陥っているらしくてね」
「いや助からないでください。僕の引きこもりライフの要件定義 (ライフワークバランス)はどうなるんですか。これだから上層部 (トップダウン)の思いつき案件は……」
僕は盛大に溜息をつき、目の前の空中にある術式陣 (コンソール)に表示されたご先祖様の記録を睨みつけた。
そこには、僕のご先祖様が『双子の兄』と共同でこの世界システムを構築した全記録(開発ログ)が残されていた。
隠しデータ領域(隠しパーティション)をさらに深く解析 (スキャン)していくと、現在、自国のシステムが異常に不安定になっている真の原因が、真っ赤な警告灯 (エラーアラート)とともに浮かび上がってくる。
「……酷いマナの同期ズレ(データの整合性)ですね。こちらがどれだけインフラの最適化(バグ修正)をしても、隣国にある『対になる魔導核 (サーバー)』が百年以上放置された旧式魔法陣 (レガシーシステム)のままだ。このままだと、両国の地脈マナ (ネットワーク)が逆流して、世界規模の回線の魔力暴走が起きますよ」
「その通りだね。しかも問題なのは、この同期ズレは海の向こうと遠隔(リモート接続)では絶対に修正できないという仕様(絶望的な物理制限)にある。百年分のデータの歪みを直すには、直接現地マストリア合衆国の魔導核の制御室に赴き、二つの国の魔導核を『物理的に直接触れて』リアルタイム同期(完全レプリケーション)を走らせるしかないということのようだね」
「はぁー……遠隔作業 (リモートワーク)不可の、現地 (オンサイト)対応ですか。しかも国境を越えたネットワークの全同期ミッションなんて、障害の規模がデカすぎますよ」
主任の無慈悲な開発指示 (オーダー)が研究室に響いた瞬間、バタン! と激しい音を立てて扉が開いた。
「出張!? 待てクロード、ライナスをマストリアに行かせるというのか!?」
乱入してきたのは、案の定、僕の技術を完全に囲い込もうとしているVIPクライアント(技術オタク)のアルマ殿下だった。その後ろでは、側近のカイルさんが「隣国への極秘出張……うっ、胃が……」と、本日何度目か分からない致命的なエラー(胃痛)を起こして腹を押さえている。ただの技術出張が、一歩間違えれば国家間の外交問題に発展しかねない大障害 (インシデント)だと察知したのだろう。中間管理職の生存本能 (アラート)が全力で鳴り響いている。
「殿下、これは世界の根幹に関わる重大な国家任務(バグ修正)です。マストリア側にある魔導核の隠しロックを解除するには、フォール家の血を引くライナスのアクセス権限(認証キー)が現地にどうしても必要なんです」
(あー、なるほど。ご先祖様たち双子は、両国の全同期の条件に、お互いの生体認証を同時に行うっていう超厳重な複数人署名 (マルチシグ)を組み込んでるわけか。だから僕が現地に行かなきゃシステム自体が起動すらしない、と)
ライナスは自分の役割の重要性を察しつつも、一つ懸念を口にした。
「仕様は理解しましたが、僕が国を離れたら、誰がこちらの『梟の潜行式(隠しOS)』を制御するんですか? クロード主任の一般権限じゃアクセス拒否 (パーミッションエラー)を食らいますよ」
主任は不敵に笑い、眼鏡を押し上げた。
「そこは君の腕の見せ所だよ、ライナス。君のルート権限でログインしたセッションを維持したまま、私の魔導共有核 (モバイル・ターミナル)からだけ紡げる特設の裏口回線(踏み台サーバー)を構築して、置いていってくれないかな?」
「えぇー。ワンオペ現地対応な上に、出発までに特権セッションの激ゆる裏口作り (セキュリティトンネリング構築)までやれと? 鬼ですか、クロード主任」
僕の抗議を主任が美しい笑みでサラリと受け流すのを見て、横にいたアルマ殿下はパッと目を輝かせ、僕の肩をガシッと掴んだ。
「素晴らしい! ならば私も側近のカイルを連れて同行しよう! 隣国の未知なる魔導技術、この目で見学してみたいからな!」
(出たな、本音、いいね、ブレないねアルマ殿下)
ライナスは殿下の本音にある意味清々しさを感じていた。
「殿下! 物見遊山じゃないんですから! 隣国への極秘出張に第一王子が同行するなど、外交手続きがどれだけ大変か分かっているのですかッ!?」
カイルさんの悲鳴のような必死の訴え、いや懇願に近い言葉は殿下に刺さるわけもなく、一度走り出した技術オタク王子の仕様変更(思いつき)が止まるはずもなかった。
僕はハァと深い溜息をつき、首のタイを緩めた。異世界に転生してまで、拠点をまたいだグローバルな緊急障害対応に駆り出されるなんて、前世の社畜時代でもそうそうなかったぞ。
(……まぁ、いい。ご先祖様が遺した、もう一人の天才『双子の兄・アルタイル』のクソコード……いや、設計思想ってのも気になるしな。あっちの国がどんな化石魔法陣 (レガシーシステム)を塩漬けにしているか知らないが……)
窓から見た空は晴れわたっていた。そして遠く離れた海の向こう、隣国マストリア合衆国がある方角を睨みつけ、僕は心の中で前世のやさぐれ社畜マインドをフル駆動させる。
(……上等だ。どんな化石レガシーシステムが待ち受けていようが、僕の運用保守(Ops)の力で、隣国の魔導核もろとも綺麗に最適化 (リビルド)して、意地でも定時退社(引きこもりライフ)を勝ち取ってやる!)
そう心の中で半ば諦め、同時に覚悟を決めた僕は、目の前の美貌の鬼上司に向き直った。
「分かりましたよ、クロード主任。その代わり、出張手当と深夜残業代(高級おやつ)はきっちり経費(王宮予算)で落としてくださいね?」
「あぁ、約束しよう。……よし、これより『世界全同期ミッション』のキックオフだ!」
こうして、僕の平穏な引きこもり計画はまたしても白紙撤回 (ロールバック)され、世界の命運をかけた、隣国へのノンストップな大出張イベントの幕を開けるのだった。




