第47話:世界を編んだ双子の爪痕
「おい、ライナス!?」
「しっかりしろ、ライナス」
「大丈夫ですか、ライナス様!」
バタバタと慌てた様子の足音が近づいてくる。
アルマ殿下やクロード主任、カイルさん、ルークさん、それに僕の袖を掴んで泣きじゃくるテオ殿下たち。
僕を呼ぶ声が遠くで聞こえた気がしたけれど、限界を迎えた僕の脳は、それ以上の入力値 (インプット)を受け付けなかった。バタリ、と床に倒れ込むのと同時に、僕の意識は深い闇の中へと落ちた。
◆◆◆
「――気がついたかい、ライナス」
次に僕が目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは天井の豪奢なシャンデリア……ではなく、見慣れた研究室 (ラボ)の、無機質な魔導ランプの光だった。
どうやら僕は、研究室の仮眠用のベッド(待機モード)に横になっているらしい。
「クロード主任……。僕、どれくらい落ちて(気絶して)ました?」
「丸1日だ。魔力の過負荷 (オーバークロック)による急性疲労だね。いきなり気絶するから、肝が冷えたよ。具合はどうだい?」
呆れたように笑いながら、主任が温かいハーブティーを差し出してくれた。
「あぁー……ご迷惑をおかけしました。問題ありません」
体がひどく重い。前世で何日も徹夜して、本番サーバーのデータ移行をワンオペでやらされた時と同じ感覚だ。
8歳の子供の体に、あの領域(ルート権限)の操作はリソースの消費が激しすぎたらしい。
「もう今日はこのまま帰ったほうがいい。あの場に居合わせたみんなはもちろん、君が倒れたと聞いてフォール家の執事・ノーマン殿は顔面蒼白で大変だったんだよ。目を覚ましたとみんなにも知らせてくるから、帰り支度をしなさい」
ノーマンの慌てる姿が目に浮かぶ。ありがたいけれど、ちょっと胃が痛い。
主任が席を立ち、出口へと歩き出す。
「待ってください、クロード主任。基幹魔導核 (メインサーバー)の様子は……」
僕は少し身を乗り出して問いかけた。
主任は足を止め、振り返りながら優しい笑みを返す。
「安心していい。データの整合性(魔力循環)は完璧だ。君の状態巻き戻し (ロールバック)のおかげで、今は驚くほど安定した稼働率(低負荷状態)を維持しているよ」
主任の言葉に、僕はホッと胸をなでおろす。ひとまずは本番全損 (フルクラッシュ)の危機は回避できたわけだ。
でも、僕の心には、意識が切れる直前に見た『あの警告』が、致命的な未解決バグ (エラーログ)として重く残り続けていた。
「クロード主任……実は、意識が切れる直前、僕の術式陣 (インターフェース)にだけ、ご先祖様の『梟の潜行式(隠しOS)』が妙な警告 (アラート)のポップアップを吐き出したんです」
「ん? 私たちがアクセスした特権領域の、さらに奥からかい? 一体、どんな内容だったんだい?」
僕がハーブティーを一口すすり、あの不穏なアラートの内容を伝えると、主任の表情が一瞬で「要件定義ミスを見つけたエンジニア」のように凍りついた。
「マストリア合衆国との同期エラー……地脈の全損(世界滅亡)まで、残り120日、だって……!?」
「ええ。嘘か真か、ご先祖様のシステムはそう言ってました。あのポップアップが気になって、夜も眠れそうにありません」
僕と主任は顔を見合わせた。あからさまに困った顔の主任を、僕は力強い眼差しで見返す。
「……すまない、ノーマンへの連絡は後回しだ。本来なら病人を休ませるべきだが、世界滅亡まで120日という警告 (クリティカルアラート)を見過ごすわけにはいかないね」
主任は苦渋の決断で出口から引き返し、僕に頷きかけた。
「でも、無理は禁物だからね?」
「はい」
すぐさま僕たち2人は、復旧したばかりの基幹魔導核へと向かった。
世界を救ってからわずか1日。有給休暇(引きこもりライフ)の申請は、今回も無慈悲に却下 (リジェクト)されるらしい。
僕たちは基幹魔導核の最下層、ご先祖様が隠していた秘密の『梟の潜行式』の隠し領域 (パーティション)の解析を開始した。フクロウの魔法陣を慎重にトレースし、暗号化された古代語の魔法陣の記述 (ソースコード)を読み解いていく。
「……ちょっと待って、ライナス。この記述 (コード)、妙だな。魔法陣の組み方が、明らかに一人で書いたものじゃない。二つの異なる流派(プログラミングの癖)が混ざり合っている……!」
主任の指摘に、僕も目を凝らす。
確かに、ベースとなっている強固なインフラ構築は我がフォール家のご先祖様のものだが、その上で動いている通信制御の魔法陣は、もっと繊細で、どこかトリッキーな別の天才の手によるものだった。
解析を進めるうちに、その隠し領域から、百年以上前の開発者コメント(開発ログ)がポップアップした。
『――対向拠点の地脈魔導核 (サーバー)を構築中。私の双子の弟であるレグルスが書く魔法陣は相変わらず地味だが、耐久性は抜群だ。マストリア合衆国側の通信処理 (フロントエンド)は、兄であるこのアルタイルが完璧に繋いでみせる』
そこには、ご先祖様が「双子」であり、その「兄」と共同でこの世界のマナを制御する地脈システムを開発したという、衝撃の歴史(設計仕様書)が残されていた。
「双子……!? フォール家の歴史に、そんな記録は……いや、そんなことより」
主任が眼鏡のブリッジを押し上げ、驚愕の声を漏らす。
「現在、私たちの国のシステムが不安定になっている本当の原因は、この基幹魔導核の老朽化だけじゃない。海の向こうの隣国――マストリア合衆国にある『対となる魔導核』との同期 (レプリケーション)が完全にズレて、世界の地脈マナが逆流しかけているから、ということになるようだね……!」
つまり、実家のクソインフラをいくら最新の機材に刷新 (リプレイス)しても、対向拠点(隣国)の魔導核がバグったままだと、120日後に世界ごと強制シャットダウン(全損)するということだ。
「……はぁ。なるほど、仕様(世界の仕組み)は理解しました」
僕は深く、深ーーく溜息をついた。真っ暗な窓の向こう、遠い海原があるはずの方角をじっと見つめながら、前世のやさぐれ社畜マインドをフル起動させる。
「要するに、次は隣国(海外拠点)への長期出張 (デスマーチ)ってことですね、クロード主任?」




