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第46話:世界復元(リストア)完了と、リベンジのかき氷

「座標特定ありがとうございます。 クロード主任、ポインタズレてないですよね!?」


 おそるおそるライナスは聞いてみた。


「インデックスは完璧だよ、大丈夫、私を信じてくれないかな? 結果を待とう」


 世界から光が消え去った絶望の闇の中、僕の声とクロード主任の声が重なった。


 最下層の王宮基幹魔導核 (メインサーバー)の歯車の上で、小さな結び目のように見えたフクロウの形が、怪しく、かつ力強い青い光を放ちながら、カッと見開かれている。


(うまくいってくれ、たのむ……ッ!!ここまで来たらもう神頼みだな)


 ライナスは手を合わせて神様へ祈る。こんな時は前世の日本人気質が現れるようだ、記憶に残るどこかの神社で参拝しているかのような姿勢を自然と取っていた。


 異世界には不釣り合いな姿勢のライナスとは裏腹に、古代のバグを逆利用し、吸い取られた世界の魔力を強引に元のメモリ空間へと引き戻す。確定キーを叩き込むイメージで、魔力をパルス状に適用 (デプロイ)した。


 ――システム、回復 (ロールバック)!!


 その瞬間、世界が『轟いた』。


『――ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!』


「うわあああッ!?」


「地響き!? 建物が揺れているッ!!」


 急激に引き戻された大容量の魔力負荷に耐えかねて、王宮全体が激しく揺れ動く。凄まじい地響きに、誰もが床に伏せて身を縮めた。


 本番全損 (フルクラッシュ)のあのパニックと暗黒の中、アルマ殿下が状況確認のために側近のカイルさんをむりやり引き連れ、幼いテオ殿下は護衛のルークさんの腕の中で大事に守られていた。

いつの間にかこの研究室 (ラボ)へ戻ってきていたのだ。全員が恐怖に顔をこわばらせている。


 ほどなくして、地響きが収まる。その刹那、奇跡が起きた。


 カチ、カチカチカチカチカチッ!!!


 宙を舞ったのは、光だった。

 つい先ほど粉々に砕け散り、絶望とともに床に落ちていたはずの「光の歯車」の破片たちが、まるで時間を巻き戻すかのように一斉に浮き上がり、元の形へと美しく再構成されていく。


 ガガッ、ガチィィィン!!!


 完璧な噛み合わせを取り戻した巨大な歯車が力強く回転を始め、王宮基幹魔導核が正常な稼働状態へと再起動 (リブート)していく。遮断されていた光と魔力が、津波のような勢いで世界中へと戻っていく。そして満たされた。


「おぉ……光が、魔力が戻った……!」


「基幹魔導核、完全沈火! 稼働率100%に復帰を確認!」


 ヘロヘロになっていた研究員たちが、奇跡を目撃したかのように歓喜の声を上げる。


(あー……よかったー。マジできつかった。本番全損の詰みインシデントかと思ったわ。はーもう帰りたい……)


 ライナスは首のタイをさらに緩め、デスマーチ明けのやさぐれたオッサンの目でふぅと溜息をついた。

 周囲の期待の眼差しなんて知ったことか。ドヤ顔をする気力すら残っていない。


「ライナス、お疲れ様、君が冷静で本当に助かった、ありがとう。一時はどうなるかと思ったよ」


 主任はライナスに労いの言葉をかけ、流れる手つきで眼鏡を外し親指と人差し指で鼻の付け根をそっと挟み、優しく圧を加えた。

ほんの少しだけ眉をひそめじっくりと指先でマッサージする。


「あっお疲れ様です。」


 ライナスは主任の言葉に軽い感じで返事を返した。疲労困憊である。この身体は体力があまりないなと自覚する。

 そこへアルマ殿下たち一行が近づいてきた。


「クロード、ライナス、状況を説明してくれないか」


 アルマ殿下の報告を求める声がかかった。

 主任がすかさず反応した。


「はい、アルマ殿下、後ほど報告書を提出しますので今は、詳細を省かせていただきますね、本番全損の危機的状況が発生したところをライナスの機転によりことなきを終えました」


「そっ、そうか」


(いやいや、なにそれ、アルマ殿下もさすがに困ってるよね? えぇー大丈夫かな。それにしても主任の目の下のクマがいっそう濃くなって見えるのに、なぜか品だけは損なわないという謎)


 どうでもいいことを思っていると、ひざの当たりのズボンが引っ張られる。

 不意のことだったので、ビクッとしたライナスが視線を落とすと、テオ殿下の小さい手が掴んでいた。


「どうされました? テオ殿下」


 なぜか涙目の幼児に合わせ僕は膝を折る。


「かきごーりっ」


「かき氷ですか?」


 後ろに控えていたルークさんから、先ほどパッチを当てたかき氷用の魔道具が突きだされた。


「申し訳ありません。ライナス様、こんな時に、ですがテオ殿下がどうしてもかき氷を食べたいと仰っておられまして、メンテナンスをお願いしたいのですが、いかがでしょうか」


(あーそういうことか、ほんの少しの間でも魔力が損失した状態だったからな、不具合が出たってことか)


「承知しました。テオ殿下、少々お待ちを」


 僕は、その溢れんばかりの復旧直後の超高密度な残魔力リソースをそのまま手元に集約した。

 指先でそっと触れ「シュパッ」と冷気魔法陣を起動させる。


 ただの氷の塊じゃない。魔力変換の階層 (レイヤー)を極限まで分離し、摩擦抵抗をゼロにしたシルクのようになめらかな削り氷。そこに、ルークさんから手渡された最高級柑橘のシロップを、均等に回しかける。


「……お待たせしました、テオ殿下」


 僕は、雅に盛り付けられた至高の『かき氷』をテオ殿下の前に差し出した。その紫の瞳は、すでに手元へ釘付けになっている。


「わぁーー」


 感嘆の声が上がる。


「……かき氷、溶ける前に食べてくださいね」


 しん、と研究室が静まり返る。

 世界を救った救世主の、最初のアクションがこれである。


「「「…………は?」」」


 全員の思考が本日何度目かのフリーズを起こした直後。

 主任が、天を仰ぎながら笑い出した。


「ふふ、世界を救って最初の一仕事がそれとは、ライナスらしいね」


 主任の最高のスロー (ツッコミ)が直撃した。限界まで張り詰めていた現場の空気が、ドッと大爆笑へと変わった。


「はははは! さすが私の見込んだ共同研究者だな!」


 アルマ殿下はなぜか自画自賛している。側近のカイルさんは「あぁ……世界が戻った……」と安堵のあまり涙目で書類の束を抱きしめていた。

 テオ殿下は「おいちい……!」とかき氷を頬張っている。ルークさんに至っては満面の笑顔である。


 僕はやれやれと肩をすくめ、主任と視線を交わした。

 主任は呆れたように笑いながらも、その眼鏡の奥の瞳に、僕への確かな敬意を宿してスッと手を差し出してきた。


「改めて、最高の運用保守(Ops)だったよ、ライナス」


「そちらの仕様特定(Dev)のおかげですよ、クロード主任」


 握手を交わす。

 開発と運用――二人の天才エンジニアの絆が、真の意味で、絶対に崩れない本物のシステム(DevOps)として結ばれた瞬間だった。


 世界は救われた。誰もがそう確信し、ライナス自信「やれやれ、これでやっと休みが取れる」と、役目を終え消えゆく術式陣 (コンソール)を見つめていた――その時だった。


 パチリ、と。

 視界の隅で、ご先祖様が遺した『梟の潜行式(隠しOS)』が、閉じ際に見慣れないポップアップを吐き出した。


『――[Warning] マストリア合衆国(対向拠点)との同期エラー。地脈の完全全損まで、残り120日』


(……へ? おいおいご先祖様。世界を救った直後に、次のデスマーチの通知 (アラート)を飛ばしてくるの、マジでやめてもらえませんかね?)


 ――睡魔によって僕の意識が完全に閉じるまで、あと数秒。

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