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第44話:遺物(レガシー)は静かに目を覚ます

 かき氷に満足した王子兄弟とその側近ご一行には、早々にお引き取りを願った。


 ライナスは、さきほどからの心の深層を侵食していく奇妙な胸騒ぎを、拭い去るために動き出す。


「さっきの『応答遅延 (レイテンシー)』調査する必要ありだな、優先順位的にこっちからやらないと」


 ディラックの魔導核 (サーバー)の処理時に環境ログに残るゴミデータの解析途中だったのを切り上げ、応答遅延の調査を行うことにしたのだ。


 空中に展開された術式陣 (インターフェース)に流れる魔法陣 (コード)の数値を睨みつけていた。


「さて始めるか」


 ぶつぶつと独り言を呟いていた。

 医療班との打ち合せを終えたクロード主任が、研究室の自分のデスクにやっと戻ってきた、その時だった。


 ――ドゴォォォン……!!


 王宮の地下深くから、地鳴りのような不気味な重低音が響いた。それと同時に、研究室のあちこちに展開されていた術式陣が、一斉に不穏な真紅の警告灯 (クリティカル・アラート)を明滅し始める。


「な、なんだ今のは!?」


「地脈の『マナ流量 (トラフィック)』が異常検知 (スパイク)している……!? 馬鹿な、王宮基幹魔導核 (メインサーバー)のセッション処理が完全に制御不能 (オーバーフロー)だと!?」


 研究室中に慌てる声が飛び交い、次々と目にする異常事態に誰もがパニックを起こしていた。


「みんな落ち着いて! 速やかに状況把握を!」


 主任は凛とした大きな声を響かせ、研究員たちへ冷静に指揮命令を飛ばしていく。その的確な指示のおかげで、室内にかろうじて秩序が戻りかけた――だが、中央の投影術式陣 (インターフェース)に映し出された数値を見た瞬間、研究員の一人が頭を抱えて膝を突いた。


「う、嘘だろ……。百年……いや、百年以上もの間、一度の狂いもなく安定稼働していた創設期 (オリジン)の古代術式だぞ!? なぜ今になってこんなことに……! 完璧なはずの基幹システムが、なぜこんな異常 (エラー)を起こしているんだ!」


 研究員たちの動揺の波形 (パケット)が室内に伝染していく中、主任は主駆動輪 (メインコンソール)を見つめたまま、微かに声を震わせた。


「落ち着くんだ。何かの誤作動だろう? 大丈夫だ、百年以上も問題がなかったんだから、これからだって問題ないはずだ……」


 知性派であるはずの主任すらも、過去の実績を盲信して冷静さを欠き始めている。

 その一方で、ライナスは手元のハーブティーを静かに飲み干し、すっと呼吸を整えると、おもむろに主任に声をかけた。


「クロード主任。百年以上の安定稼働 (ロングアップタイム)を維持していたことの方が、僕からすれば奇跡ですよ」


「そんなはずはないだろ……? ライナス、先人たちの記述 (ソースコード)に異常 (バグ)など――」


 主任は、信じがたいといった眼差しをライナスに向ける。

 そんな視線には一切動じることなく、淀みない口調でライナスは言葉を続ける。


「これ、完璧なシステムなんかじゃないですよ。ただ単に、特定の最悪な条件(入力値)が、百年以上の間たまたま揃わなかっただけの『生存バイアス』です。何代にもわたってパッチを当て続けたせいで、最下層のインフラ (レガシーソース)の深淵に、古代の致命的なバグが眠ってたんですよ。それが今、世界が高負荷状態 (スケーラビリティの限界)を迎えて、ついに表面化した――」


 ライナスは一歩前に踏み出すと、両手を鋭く払った。


「泣き言を言ってる暇があったら、生ログ(RAWログ)を解析しますよ。ほら、主任も手伝ってください。――統合開発環境核 (カーネルデバッガー)、展開 (デプロイ)!」


 行動開始。研究室の全天を埋め尽くすように、王国の全インフラを網羅するマナの奔流 (ネットワーク回路図)が、立体の光の糸として一斉に展開された。

 縦横無尽に張り巡らされた魔力の糸は、階層 (レイヤー)ごとに配置された複数の『光の歯車』を複雑に繋ぎ、巨大な時計のムーブメントのように立体的なシステムを形作っている。


 それは息を呑むほど壮大な、魔導通信の網。だが、普段なら整然と輝きながら流れているはずの光の糸は、あちこちで「マナの液漏れ (メモリリーク)」を起こし、不気味な黒い澱み (バグ)となってシステムの駆動輪に絡みついていた。


(うわ、最悪だ……。何だこの魔力の構成は。スパゲッティなんてレベルじゃない。ただの呪いの毛玉『レガシーの極み』だぞ……!)


 ライナスはすぐに、空中に広がる光の網へと両手を伸ばした。

 まるで目に見えない複雑な織物を編み直すかのように、猛烈な速度で十指を動かし、光の糸を手繰り寄せていく。魔力を超高速で編み込みながら、ライナスはバグの深層へと意識を潜らせた。


「クロード主任、ここを見てください。この基幹処理の裏側、意味不明な条件分岐が二十重 (ネスト)になってループしています。そのせいで、一度使われたマナの接続 (セッション)が解放されずに、さっきからずーーーっと処理の導管に滞留 (スタック)し続けているんです」


 ライナスが編み目を引き裂き、バグの核心を白日の下に晒すと、クロード主任は息を呑み、信じられないというように端正な顔を強張らせた。


「そこは百年以上前の創設期において、初代の総技官長が構築されたという、もっとも安定した『最上級の防護術式』のはずだよ。一度の狂いもなく稼働し続けてきた、我らインフラ管理者のいわば『聖域』……!」


「聖域でも何でもないですよ。ただのゴミ処理の書き忘れです」


 ライナスは冷徹に、空中を舞う糸をパチパチと弾きながら言い放った。


「当時はこれでも動いていたんでしょう。ですが、百年分の累積データ――人口の増加や魔法の流通量が蓄積した現代のスケーラビリティを、完全に舐め腐った構造です。限界を迎えたシステムが、自身の重みに耐えかねて自壊を始めてる。ほら、主任もボーッと見てないで、そこから逆流してくるエラーパケットの遮断 (ドロップ)を手伝ってください!」


「あ、ああ、分かった」


 主任はライナスの気迫に圧されながらも、慣れた手つきで空中へ魔力を走らせ、必死に防壁を構築し始める。


 ライナスはバグの核心(特定のアドレス)を完全に突き止め、修正パッチを上書きしようと、光の糸を力強く引き絞った。


 基幹魔導核が、内側から『グゥォォォォン……!!!』と、地鳴りのような拒否反応の咆哮を上げた。


 視界を埋め尽くしていた術式陣に、これまで見たこともない、禍々しい漆黒のエラー文字が高速で走り出す。


「だ、ダメだ! 制御魔石の出力が限界を突破、融解 (メルトダウン)を始めました!」


「システム全体の応答速度 (レスポンス)がゼロになる……! 制御不能です!」


 周囲の研究員たちの悲鳴が再び響き渡る。


「チッ、処理が追いつかない……! バグが次々と連鎖反応 (デッドロック)を起こしてる! パッチを当てる前に、システムそのものが強制終了 (フルクラッシュ)に持っていかれる……!!」


 ライナスの視界が、真っ赤な警告の光で染まった。

 クロード主任が息を呑み、絶句した。


 ただでさえ、分厚い雨雲が夕日を完全に隠し、薄暗かった夕暮れだ。窓を激しく打ち付け始めた雨音が室内の緊迫感を煽る。――ガキィィン!!! 凍りつくような音が響いた。


 世界を繋ぐすべてのマナの脈動が完全に停止した。

 王宮を、そして窓の向こうの街を満たしていた魔力の灯火あかりが、一瞬にしてすべて、吸い込まれるように掻き消えた。


 静寂。


 絶対的な漆黒の絶望 (システムダウン)が、視界のすべてを包み込んだ――。

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