第42話:小さなノイズ、それともただのゴミ?
あのディラックによる『無差別・遠隔暗殺システム』の発生、そしてあの慌ただしい隔離室での解析作業から、早いもので1ヶ月以上の月日が流れていた。
王都を揺るがした未曾有の国難は、多くの人々の知性と執念によって、ようやく安定運用の軌道に乗りつつあった。
ちなみに、拘束された防衛大臣は、地下深くの監獄へとぶち込まれて初めて事の重大さに気づいたらしい。
「私は悪くない! あの男に騙されただけだ!」と夜通し見苦しく喚き散らし、冷たい床の上でようやく『もしや私はとんでもないことに手を貸してしまったのでは?』と顔を真っ青にしているという。おバカさんにも程がある。
一方、首謀者であるディラックは、投獄された後は一転して完全黙秘を貫いているそうだ。
いつもなら「退屈だ! ライナス、何か面白い魔導具を作れ!」と王宮の研究室に押しかけては騒ぎ立てるはずの第一王子・アルマ殿下は、この一ヶ月間、驚くほど静かに過ごしていた。窓の外、中庭に並ぶ医療班の白いテントをじっと見つめるその横顔は、ほんの少し前までのわがまま放題だった姿とは少し違う面持ちに見える。
そんな殿下の背中を遠目に眺めつつ、僕――ライナスは、研究室のトップであるクロード主任と共に、医療班のバックエンドを支える保守運用 (メンテナンス)の日々を送っていた。
「ライナス、改めて君には感謝しなければいけないね。君が構築してくれたあの『シミュレート環境』のおかげで、現場の医療チームから連日、賞賛の報告が届いているよ」
研究室のデスクで、いくつかの魔力ログが浮かぶ書面に目を通しながら、主任がいつもの気品溢れる優雅な声で微笑んだ。
事件から3週間が経過した頃にようやく始まった、数百人にも及ぶ被害者たちの地道な魔力リハビリ。魔力回路を高負荷で焼き切られた患者たちに、いきなり実戦用の強い魔力を流せば回路が破裂してしまう。
そこで僕は、事前に医療班から共有してもらった詳細な症例情報 (エラーログ)をベースにして、安全にリハビリを行うための『模擬負荷テスト環境(安全なリハビリ用魔法陣)』を提案していた。あらゆる症例パターンに合わせた『テスト用のダミーデータ(模擬魔力ログ)』を事前に準備し、それを魔法陣に流し込むことで、患者一人ひとりの回復度合いに合わせた最適な魔力負荷を安全にシミュレーションできるシステムだ。
「手元のリハビリデータを見ても、魔力暴走 (エラー)を起こさずに安全な数値の範囲内で進められているようで、良かったです。これなら長期の安定性 (アベイラビリティ)も問題なさそうですね」
僕が手元の魔力ログを指先で操作しながらそう言うと、主任は満足そうに頷いた。
「そうだね。医療班の上位医師たちも『この仕組みのおかげで、二次災害が一件も起きずに全員が回復に向かっている』と深く感銘を受けていたよ。……それにしても、君はどこでこれほどの知識を身につけたんだい?」
「あっ、えーっと……。えーっと、本で読みました」
(やばい、僕の語彙力、死滅)
背中に冷や汗が流れるのを感じる。周囲の大人たちも「専門医より手際が良い」とガチで引き続けていたが、僕にとっては前世のアーカイブから引き出した、使い慣れたインフラの保守運用のルーティンに過ぎない。国中が大変な時だから、出し惜しみしている場合じゃないと思ってフル稼働させた結果がこれだ。
「本ね……。まあ、そういうことにしておこうか」
主任はそれ以上追及してはこなかった。
(ふぅ……。前世の記憶があります、なんてバカ正直に言うべきものなのかも、今の僕には判断がつかないしな)
自分にできる裏方の仕事を淡々とこなす。リハビリシステムは順々に並行稼働(フル稼働)を続け、多くの患者が順調に通常運用(元の生活)へと戻る中、王宮の空気は少しずつ、平和なスローライフへと戻りつつあった。
――そんなおり。
医療班のサポートや、王宮システム全体の『死活監視(定期ヘルスチェック)』の合間に、僕が王宮基幹魔導核 (メインサーバー)からのログの奔流に目を光らせていた時のことだ。
「……ん?」
僕の目の前の主駆動輪 (メインコンソール)が、誰も気づかないような、本当にごくわずかな『違和感』を出力した。
ログを確認すると、ほんの一瞬、説明のつかない魔力の消失――いわば『小さなパケットロス (データの欠落)』が発生していたのだ。それは本来、王国の魔力循環の法則 (プロトコル)では絶対にあり得ない不自然な消え方だった。
「なんだろう、このデータの欠落。どこかの回路がバグを起こしているのかな……?」
僕は指先で魔力を弄びながら、表示されたログの残滓を数秒見つめる。
けれど、あのディラックのテロ未遂事件からまだ一ヶ月強だ。王国中の魔力インフラが激しく乱高下した名残なのだから、一時的なシステムの残留ノイズ (ゴミデータ)が紛れ込んだだけかもしれない。
「……まあ、あれだけの事件の直後だしね。一時的なノイズか」
僕はそのログを、深く気に留めることなくスルーしてしまった。
王国を再び揺るがす、新たなる『エラー』の足音が、すぐそこまで迫っているとも知らずに――。




