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第40話:ロールバックの拒絶

「な、何が起きた……!? 私の『終端の配列』が……動かん!?」


 王都の遥か西の果て、断崖絶壁の海岸線にひっそりと佇む古びた灯台。その最上階で、勝ち誇った笑みを浮かべていたディラックの顔が、突如として恐怖と戦慄に引きつった。


 空間に展開されていた禍々しい赤色の魔法陣 (コード)が、突如として割り込んできた眩い青と銀色の光に激しく明滅し、内側から強制的に書き換えられていく。彼がいくら実行配列を押し込もうとしても、システムは無情な拒絶エラー (リジェクト)を弾き返すばかりで、1バイトの魔力すら受け付けない。


「バカな! 例外処理 (ロールバック)も受け付けないだと!? 誰だ、誰が私のコードを、私の美学を、上書き(パッチ適用)して遮断しているんだァ!!」


 ディラックは狂ったように空間の術式を叩いたが、一度有効化された『動的ワンタイムキー(二要素認証)』の強固な防壁は、彼が盗み出したマスターリストをただの「意味のないゴミデータの山」へと変え、すべてのなりすましアクセスを入り口で一網打尽に遮断していた。


 王都を恐怖に陥れた【無差別・遠隔暗殺システム】は、稼働からわずか数分で、完全にその機能を停止(プロセス強制終了)させられたのだった。



◆◆◆



「……よし、敵のアラート(暴走電波)の完全遮断を確認! これより逆探知 (トレーサビリティ・ログの解析)に移行します!」


 王宮の研究室。ライナスは、限界を迎えてかすむ目をこすりながら、空間に浮かび上がる主駆動輪のログの奔流を血眼で追っていた。

 だが、さすがは元筆頭研究員ディラックだ。逆流するパケットを解析しようとした途端、難読化されたダミーの痕跡 (プロキシ・チェーン)が一斉に分岐し、空中に展開された術式陣の上で、ログが3つの異なる座標へと枝分かれした。


「ライナス、焦らなくていい。敵の偽装に惑わされないように、末端 (エンドポイント)の証跡 (ログ)から、ゆっくり紐解いていけばいいのだから」


 横から複雑な術式を並走させていたクロード主任が、王族の気品を感じさせる優雅な声で、しかし確かな信頼を込めてライナスの肩にそっと手を置いた。


「わかりました、クロード主任。……でも、完全に3つの座標に分散されています! 王都の南側にある『酒蔵』、東側にある『教会』、そして西端の海岸沿いにある『灯台』。どれが本命か、データだけじゃ今すぐ絞りきれません!」


「……猶予はないな。倒れた者たちの命に関わる。殿下!」


 主任の鋭い声に、背後で控えていたアルマ殿下が力強く頷いた。殿下はその細い指に嵌められた紫色の宝石の指輪を強く握りしめる。王族に代々伝わる、緊急時用の最高級指揮魔道具である。

 殿下は手元に『緊急指揮術式陣』を瞬時に展開すると、凜とした声で指示を飛ばした。


「第一近衛兵隊、ただちに動け! 二手に分かれて南の酒蔵と東の教会へ突入し、徹底的に家宅捜索を行え! そして、王宮直轄『海防聖騎士団』は西端の灯台へ急行だ! 3箇所同時に突入し、何としても首謀者の身柄を押さえるのだ!」



◆◆◆



「……くそっ、ここへ辿り着かれるのも時間の問題か! くそっ、くそっ!」


 3箇所の分岐追跡によって王宮側が動いているその頃、西端の灯台の最上階で、ディラックはすでに身の危険を察知していた。昨日も使用した、顔の認識を阻害して容姿を完全に偽り変える『認識阻害の偽装面』を顔に張り付け、フードを目深にかぶりながら、薄暗い階段を駆け下りる。


 その頃、第一近衛兵隊の別動隊は酒蔵と教会でダミーの自動中継器を発見し、偽装を破っていた。二つのダミーが排除されたことで、この海沿いこそが本物の拠点であると突き止められた。


 すぐ裏手は、荒波が打ち付ける断崖絶壁だ。崖の岩肌に掛けられた頑丈な鉄の梯子を這うように降り、下に隠してある、自身で魔力効率を極限まで高める改造を施した、特別製の高速エンジンボートに乗って国外へ逃亡すれば、まだ再起のチャンスはある――ディラックはそう自分に言い聞かせ、海面へと飛び降りた。


 しかし、彼がボートの改造エンジンを起動しようとした瞬間、真っ昼間の太陽の光さえも掻き消すような、凄まじい光量の白い威嚇光が、崖下の一角を真昼以上に容赦なく照らし出した。


『――前方のボート、ただちに駆動を停止せよ。船体に登録番号が見当たらない。これより臨検(身元確認)を行う。こちらは王宮直轄、海防聖騎士団である』


 白昼の波を豪快に割って現れたのは、圧倒的な質量を誇る、王国の巨大な主力戦艦『アイギス』号だった。

 圧倒的な質量と大砲の前に、小さなボートなど文字通り塵に等しい。ディラックは防魔の術式を展開しようとしたが、戦艦から放たれた広域の『魔力ジャミング(帯域制限)』によって、指先から火花が散るだけで魔法すら起動できない。


「バカな……! この私が、このような、ただの巨大な鉄の塊(戦艦)に遮られるというのか……っ!」


 抵抗の術を奪われたディラックは、ボートに乗り込んできた聖騎士たちによって、術式を使う暇もなくあっけなく捕縛された。そして、灯台の地下祭壇から、不正にデータを吸い上げていた主犯の『魔導核 (サーバー)』が、厳重に梱包されて王宮へと緊急輸送されることとなった。



◆◆◆



 敵の首謀者が捕らえられ、証拠品が届いても、研究室の戦いは終わっていなかった。いや、インフラエンジニアの本番は、ここからが「最も根気のいるフェーズ(復旧・移行計画)」の始まりなのだ。


「ライナス、それをここに繋いではいけないよ。ディラックの魔導核だ、接続した瞬間にこの部屋のシステムを巻き込んで自爆する術式(論理爆弾)を仕込んでいる可能性がある。……奥に、本番環境から完全に切り離された『隔離室』がある。そこの検証用の術式核を使いなさい」


(さすが王宮の研究室、設備が充実していますね)


 ライナスは率直に感心した。


「わかりました、クロード主任。本番環境(メイン回線)からは物理的に隔離 (スタンドアロン化)して、防壁の中でログを解析します」


 まだここへ通うようになって数日しか経っていないライナスを、主任は優しく隔離室へと手引きした。ライナスは手早く隔離室の『検証用術式核 (テスト・サンドボックス)』へと敵の魔導核を接続し、何重もの遮断結界を施した上で起動した。


 だが、そこからが本当の試練だった。国全体から不正にスクレイピングされた数万人分もの生体データが暗号化され、複雑に絡み合った魔導核から、今回の攻撃ログを抽出するには膨大な演算処理が必要だった。


「……解析完了まで、およそ2時間、か」


 空間に浮かぶ検証用の進捗術式 (プログレスバー)を見つめながら、ライナスはぽつりともらした。


 この2時間という待ち時間が、たまらなく胃を痛くさせる。今この瞬間も、王都の病院では直撃を受けてしまった数百人の兵士や市民が苦しんでいるのだ。一刻も早くデータを渡したいが、焦って解析プロセスを強制終了させれば、データそのものが破損して二度と復旧できなくなる。


 最高レベルの機密区画である隔離室の中を、重苦しい静寂と焦燥感が支配する。主任も、殿下も、じりじりとした緊張感の中で、ただ光のバーのパーセンテージがじわじわと上がっていくのをじっと待つしかなかった。



◆◆◆



 そして、張り詰めた空気の中で2時間が経過し、ついに検証用の術式核が静かな完了の魔力波形を鳴らした。


「クロード主任、解析完了しました! 敵が国民の魔力回路のどの領域 (セクター)を焼き切ろうとしたのか、すべての不具合原因が、安全にデータとして抽出できました」


 ライナスが安全に隔離環境で吸い上げたすべてのログを整理し、空中に展開する。それを見たクロード主任は、ふっと優しく目を細め、ライナスの頭を大きな手でぽんぽんと撫でた。


「ライナス、ありがとう。本当に何から何まで助かったよ。私たちの作業はここまでだ。あとは、医療チームへ引き継ごう」


 主任は即座に、手のひらサイズの精緻な立体魔道具――『秘匿方塊録 (グラフィック・キューブ)』へ解析データを落とし込んだ。機密運用のための簡易ロックをかけると、研究室の「転移の陣」へとそれを置き、最優先で医療塔へと転送させた。


 すぐさま、空間に医療塔の現場を繋ぐ遠隔の通信術式の魔法陣 (リモート会議)が展開され、王宮魔導医師の上位医師の険しい顔が浮かび上がる。

 なんでもありの魔法の世界ではない。一度激しくクラッシュした生体魔力回路の復旧は、そんなに簡単なものではないだろう。


「送られてきたデータを今確認しました。……なるほど、脳神経の奥の魔力バイパスが、高熱で癒着しかけているのですね。これはいきなり強い回復魔法 (高電圧)を流せば、かえって回路が破裂します」

転送されたグラフィック・キューブのデータを見つめながら、医師が言った。


「ええ。ですから、まずは患者一人一人の魔力波形に合わせた『個別術式 (パッチ)』を、シミュレーション環境で何度もリハーサルする必要があります。中継柱の近くで直撃を受けてしまった重症の患者をはじめ、数百人に対して、慎重に、何段階にも分けて本番手術 (メンテナンス)を執り行うことになりそうですね」


 主任の言葉に、通信の向こうで医師も深く頷いた。

 それから、王宮と王都の病院を巻き込んだ、極めて緻密な復旧作業が始まった。



◆◆◆



 検証に数日、医療ステップの構築に数日。数百人分の波形をすべて安全に書き換えるための、知性と執念のタイムライン。


 ディラックの襲撃から、ちょうど3週間が経った頃。

 王宮の病室で、ようやく一人の近衛兵が、ゆっくりと目を覚ました。


「……う、あ……ここは……?」


「気がつきましたか! 暴走した魔力回路の暫定手術は成功しましたよ」


 覗き込んだ担当の医師の言葉に、兵士は体を起こそうとしたが、鉛のように重い体に小さく呻き声を漏らした。


「くっ、体に……力が入らない……魔力が、流れない……?」


 病室の一歩後ろで、その様子を静かに見守っていた主任とライナスが、お互いに顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろす。医師が兵士の肩に優しく手を置きながら説明を続けた。


「無理もありません。長期間、魔力回路の帯域を絞っていましたから、回路が細くなっているんです。これから毎日、少しずつ出力を上げていく『リハビリ(運用テスト)』が必要です。完全に元の出力に戻るまで、焦らずじっくりいきましょう」


 ベッドの横には、細い魔力の糸を少しずつ体に馴染ませるための、リハビリ用の魔導具が置かれていた。


 被害に遭った人々全員を、後遺症なく元の生活(通常運用)へと戻すための、長くて地道な『テストフェーズ』が、今まさに始まったばかりだった。






【第40話到達記念・コミットログ】


いつも『クソ仕様の魔法陣は俺が書き換える。』をお読みいただきありがとうございます!

おかげさまで、ついに第40話(節目のアプデ)まで無事にデプロイし続けることができました。


ここまでライナスのデバッグ作業を一緒に見守ってくださったエンジニア(読者)の皆様に、心から感謝いたします。


物語はここからさらに大きな事件(大規模仕様変更)へと突入し、ライナスのIT無双もますます加速していきます!長期運用に向けて全力で執筆中ですので、今後ともお付き合いください。


そこで、いまさらではございますが……もしこれまでのストーリーを「面白い!」と思ってくださった方は、【ブックマーク登録】という名の『スター(☆)』をポチッと投げて応援していただけると、作者のサーバー維持モチベーションが爆上がりします!


明日20時からのアプデも、どうぞお楽しみに!

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