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第39話:熱量のギャップと、最終検証(ステージング確認)

 王宮から遠く離れた、帝都の高台にそびえる古びた灯台。


 大臣からの資金援助を隠れ蓑に、ディラックが密かにまるごと自らの支配下に置いたその最上階には、王国を見下ろせる絶景の代わりに、禍々しい魔力の光が満ちていた。


 無数に展開された魔導結晶の怪しい冷光に照らされながら、一人の男が歪んだ笑みを浮かべて、空間に展開された術式陣――魔法陣 (コード)を呼び出していた。


 ディラック。かつて王宮の筆頭研究員でありながら、クロードに敗れ、国を怨んで消えた男だ。その素顔は、かつての知性的な面影を残しつつも、歪んだ自尊心を傷つけられたという身勝手な逆恨みと、自分こそがこの国で最も優れた優秀な頭脳であるという独善的な思い込みによって、ギラギラと狂い咲いていた。


「ククク……ハハハハ! 見ろよ、クロード。お前が作った、あの誰もが絶賛した『完璧で美しい王宮広域インフラ』の魔導工学(設計図)を。まさか、そのお前自身の設計(美学)が、国中の人間を内側から焼き殺す最高の手引き (バックドア)になるとは夢にも思わなかったろう……!」


 彼が展開する空間の術式陣には、あの病院の地下から不正吸い上げ (スクレイピング)を完了した、数万人分に及ぶ「国民の生体認証魔力データ」のマスターリストが、禍々しい文字列となってズラリとスクロールしていた。


「お前たちは私を評価しなかった。この私の才能を、ただの『危険思想』と切り捨てて追放した! だから教えてやる。お前たちの命の価値など、私が自らの魔力をこの『終端の配列』へひとつ弾き入れるだけで、いつでもゴミのように消し飛ばせるということをな……!」


 ディラックの指が、禍々しい赤色の魔力を帯びた実行配列を強く押し込んだ。


「さあ、起動しろ。――【無差別・遠隔暗殺システム】」


 刹那、彼が構築した偽装電波が、王宮のバックボーン回線を逆流し、帝都中の中継柱へと波紋のように一斉に伝播を始めた。



◆◆◆



「ぐ、あぁっ……!?」


 王宮の回廊を巡回していた近衛兵のひとりが、突如として頭を押さえ、その場に膝をついた。

 ガチガチと全身の鎧が異常な高熱を発し、内側の魔力回路が逆流を起こす。脳神経を内側から焼き切られるような激痛。


「おい、どうした!? 敵襲か――うわあああっ!」


 駆け寄ろうとした別の兵士も、自身の防衛結界が暴走し、激痛に絶叫した。

 王宮の至る所で、そして帝都の街角で、中継柱に近い人間たちが、原因不明の「魔力拒絶反応」によって次々と倒れ始める。


 その最悪の攻撃電波 (パケット)がもたらす魔力波形の異常は、研究室の主駆動輪 (メインコンソール)の周囲に、容赦のない警告の赤色術式 (アラート)となって次々と浮かび上がっていた。


「くそっ、もう攻撃が始まってる……!!」


 ライナスは目の下にどす黒いクマを作りながら、狂ったように主駆動輪の核である『魔力の糸』を高速で編み込んでいた。横では主任が、髪を振り乱して複雑な術式を横から並走させて編み上げている。


 一睡もしていない脳細胞が、悲鳴を上げていた。だが、1秒遅れるごとに、リアルタイムに人間が傷ついていく。精神年齢は34歳、前世の記憶があるとはいえ、命の重みが直結した「本番障害」の凄まじい重圧なんて味わったことなどない、8歳の小さな肩にズッシリと伸しかかる。


「ライナス、焦るな! 構文 (ロジック)を乱すな!」


「わかってます! でも主任、全体配信 (デプロイ)前の、大規模な結合テスト(ステージング確認)をしてる時間がありません……! 国民全員分の環境なんて、どこにも用意できない!」


「……ならば、テスト環境はここに一つある。――私の魔力回路を使え」


「なっ……!?」


 ライナスが目を見開く。主任は自身の腕に、開発中の未完成な『動的ワンタイムキー(二要素認証)パッチ』の糸を直接ブスリと繋ぎ込んだ。


「クロード主任、正気ですか!? もしパッチの暗号キー生成術式 (ロジック)に不具合 (バグ)があって、1ミリでも同期がズレたら、主任の魔力回路が拒絶反応で破裂します!」


「不具合を君は絶対に出さない。私は君の術式 (コード)を信じている。……さあ、私の波形で疎通確認を走らせろ。これが、我が研究室の最低限のテスト範囲 (カバレッジ)だ!」


 ライナスは奥歯を噛み締めた。恐怖で指が震えそうになるのを、前世からのプロのプライドでねじ伏せる。


(おいおい、マジかよ。いくら緊急事態とはいえ、この人もイカれてんな。――あーくそっ、絶対にバグは出せない。1行のミスも、1文字のタイポも許されない……!!)


 超集中状態 (オーバークロック)に入ったライナスの指先が、光速で検証用の魔力を編み終え、最後の結び目を実行した。


 フワァッ……と、主任の腕の魔法陣が、青く静かに波打つように明滅する。毎秒、使い捨ての暗号キーが正常に発行され、暴走電波を完全に弾き返した。


「……テストは一応、最低限クリアしたかと思います……! お身体に異変はありませんか!?」


 ライナスが声をかけると、主任は小さく「問題ない」と短く返した。


 その瞬間、研究室の重厚な扉がバタンッ!と勢いよく開いた。


「クロード! ライナス! 無事か!」


 飛び込んできたのは、アルマ殿下とカイルさんだった。


「みなさん、ご無事でしたか。手の空いている者は『防魔回廊 (セキュア・ロビー)』へ避難してください」


 カイルさんは他の研究員へ避難を促す。


「陛下への報告は終わった! 陛下には『聖光の隔離結界 (パルテノン・シールド)』へ退避していただいた。今、城内だけではなく王都の各地で、市民までもが次々と倒れている……ッ、というか、お前たちその凄まじい顔 (クマ)はなんだ!? もうすぐ倒れるのか? な?」


 目の下に濃いクマを作りながら、一心不乱に主駆動輪に齧りついている2人の異常な姿に、殿下は険しい表情のまま目を見開いた。


「敵の攻撃が始まってしまったようですね」


 主任が、掠れた、しかし鋼のように強い声で返す。


「ですが、私とライナスで、敵のなりすましアクセスを入り口で一網打尽にして拒絶 (リジェクト)する【緊急セキュリティパッチ】を、今、完全に組み上げました!」


「そ、そうなのか……!?」


 殿下は、自分たちが外で右往左往している間に、この2人がすでに反撃の武器を創り上げていたことに驚愕した。


「ただし、ぶっつけ本番です! これを今すぐ、国中の通信中継柱へ一斉強制配信しなければ、被害は広がり続けます。ですが、国家インフラの根幹を強制書き換えするには、私たちの権限だけでは足りない……!」


「……わかった。話は理解した!」


 殿下が即座に紫色の指輪を前方へ突き出すと、最高権限の『双生極秘通信陣 (ピア・ツー・ピア・シグナル)』が空中に鮮やかに出力され、結界内に退避された国王陛下の持つ指輪と通信が繋がった。

 空間に、国王陛下の厳格で重々しい姿が立体出力される。


『アルマか。状況を』


「陛下! 敵の攻撃を今すぐ止めるための解決策が、ここにあります! クロード主任、説明を!」


 主任は一歩前へ出ると、陛下の威厳に満ちた視線を真っ向から受け止め、よどみなく、しかし緊迫感を込めて叫んだ。


「陛下! 敵は盗んだデータを使って、国の正規システムになりすまして攻撃しています。これを阻止するため、国中の認証システムを、毎秒使い捨ての暗号を必須にする『動的ワンタイムキー認証』へ根本から書き換えます! テスト範囲は不十分、完全にぶっつけ本番の緊急展開になりますが……これしか、国を救う方法はありません! 陛下の御名において、国家インフラの強制書き換えの承認を!」


 通信の向こうで、国王陛下は短く沈黙した。

 国家の命運を賭けた、あまりにも破天荒で、しかし理にかなった緊急提案。陛下は、主任と、その横に立つライナスの瞳の奥にある、決して折れない技術者としての覚悟を鋭く見抜いた。


『……よかろう。全インフラの最高制御権を、これより一時的にクロード、および技術顧問ライナスへ委託する』


 陛下が深く、重々しく頷き、全権限を解放した。


『救国の一撃を――全土へ即座に組み込め!!』


「「お任せください!!!」」


 ライナスと主任が同時に、複雑に編み込まれた魔力の糸――その中核となる『実行の結び目 (コミット・ノード)』へ、決然と自らの魔力を流し込んだ。


 シュインンンッ!!!と、研究室の主駆動輪から、見たこともないほど巨大な青と銀色のパッチコードの光の奔流が天井を突き抜け、王宮の、そして国中のすべての通信中継柱へと、光の速さで駆け巡り始めた――!

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