第38話:特権昇格の崩壊と、デスマーチの幕開け
翌朝。
一睡もできずに登城したライナスが、王宮の特別医療棟へと足を運ぶ。
「失礼します。アルマ殿下、カイルさん。あっお医者さまもおはようございます」
ライナスが部屋に足を踏み入れると、そこには険しい表情の殿下。カイルさんがこちらに気づき軽く頭を下げた。
病室のベッドには、強力な防御魔法陣が施された鎧を剥ぎ取られた近衛兵たちが、ピクリとも動かずに横たわっている。
丁度、殿下に診察結果を報告していた王宮魔導医師が、不思議そうに首を振った。
「……不可解なのです、殿下。彼らの体に、外部から強力な魔法攻撃を喰らったような『破壊の痕跡』が、どこをどう探しても一切検出されません。外から撃たれたのではないのです。信じられないことに、彼らは『自分自身の体内の魔力が、自らの鎧の防衛結界と激しく拒絶反応を起こし、内側から脳の神経を焼き切られている』のです……。まるで、自らの防衛システムが、自分自身を敵だと誤認して暴走したかのように……」
医師のその報告を横で聞いていた瞬間、ライナスの脳内で、昨日、城内の監視カメラの仕様書を確認した際に見つけた「国家規模の全データ収集 (スクレイピング)ネットワーク」の仕組み (ロジック)が、ガッチャンコと火花を散らして結合 (シノニム・マージ)した。
(外部からのファイアウォール突破じゃない……! そうか、あの男は、国中から不正収集した『個人の魔力波形の構成術式(生体認証データ)』を悪用したんだ!)
ライナスの背中に、ツーーッと冷たい汗が流れる。
(近衛兵の鎧は、王宮の魔導核と常に無線で同期している。あの病院の地下には、国家データを盗み出すための太い専用回線が通っていたはずだ。あの男は逃げる直前、その回線を逆流させて部屋全体に偽装電波を展開したんだ! 盗んだ生体データを使って、鎧の結界に『これは王宮からの正規の緊急アップデートですよ』となりすまして波形 (パケット)を強制注入 (インジェクション)した。だから結界は無条件でそれを受け入れ、内側から暴走させられたんだ……!)
前世のITでいう、【信頼された認証情報を悪用した、特権昇格による内部自己崩壊攻撃】。
合鍵(生体データ)を持っているあの男は、国のネットワークが繋がっている場所なら、いつでも、どこからでも、正規ルートで侵入してシステムを内側から破壊できる。
「やばい……。これ、攻撃の仕組みがエグすぎる……っ」
「ライナス、どうした? 何かわかったのか!?」
アルマ殿下が身を乗り出す。ライナスが今導き出した最悪の仕組みを説明しようとした、その時――。
バタンッ!と、別室での緊急尋問を終えたクロード主任が、怒りに顔を震わせながら部屋に入ってきた。その手には、防衛大臣から没収したばかりの、不気味な魔導具が握られている。
「あっ、みんなここに居たのか」
一同を見渡し言葉を重ねた。
「……すべて、繋がったよ、殿下。ライナス」
主任は、手の中の魔導具――『認識阻害の偽装面』を机に叩きつけた。
「さっき、拘束した防衛大臣が泣きながら白状した。大臣は『この国を裏から掌握できる広域インフラを作ってやる』と持ちかけられ、あの謎の魔導師に資金と病院の地下施設を提供していただけだと。……だが、大臣もあの男にいいように騙されていたんだろうな、大臣の言葉を信じるなら」
「クロード主任、その男は誰か分かったんですか……?」
ライナスが尋ねると、主任は拳をみしりと握りしめ、苦渋に満ちた声を絞り出した。
「男の名は、ディラック。……昨夜のダミー映像で姿が違って見えたのは、この認識阻害の魔導具で顔を偽装していたからだ。……奴は、かつて王宮広域インフラのコンペで、私の設計に惨敗し、国にいづらくなって隣国へと拠点を変えたと聞いていたが……まさか、いつの間にか国に戻ってこんな事を企んでいたとはな。 我が研究室の、元筆頭研究員だ!」
点と点が、最悪の線で繋がった。
ディラックの真の狙いは、国を掌握することなどではない。自分を評価しなかったクロードや王宮、そしてこの国家そのものへの、歪んだ執念と復讐。
「アルマ殿下、クロード主任……。ディラックの狙いは、国中の人間のデータを使った【無差別・遠隔暗殺システム】の起動です。データが流出した今、奴は王宮のネットワーク中継網を逆利用して、王族だろうが一般市民だろうが、いつでも、内側から命を奪うことができます」
「な、なに……っ!?」
殿下の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
病室の空気が、一瞬で凍りついた。自分を認めなかった国に目にもの見せてやるという、国中の人間の命を天秤にかける、あまりにも執念深く重すぎる恨みからくる犯罪計画。
「まさか……そんな大それた考えを……っ」
主任はあっけに取られたように一瞬フリーズし、絶句した。
病室を支配する、短い、けれどあまりにも重い沈黙。
しかし、主任の頭脳は超一瞬でフル回転を始め、すぐさま鋭い光を瞳に取り戻した。
「……こうしている暇はない。早く手を打たなければ……!」
主任が慌てて病室を飛び出していく。その背中に向かって、殿下が大声で宣言した。
「陛下へは私から報告を上げておく!」
「お任せします!」
主任は振り向きもせず、大声で返事をしながら廊下を突き進む。殿下とカイルさんは別行動となり、ライナスは「あっ」と声を漏らしながら、長い廊下を急ぎ足で進む主任の後を小走りで追いかけた。
ライナスは、小さな歩幅で必死に主任の隣を並走しながら、自分の考えを述べる。
「流出した生体データ(認証キー)を無効化するため、こっちで【国全体の認証システムを『動的ワンタイムキー認証(二要素認証)』へ根本から書き換える緊急セキュリティパッチ】を今から爆速で開発します! 固定の生体データだけではアクセスを通さず、王宮の王宮基幹魔導核から毎秒発行される使い捨ての暗号キーを必須にするんです。これを国中の通信中継柱を通じてリモートで一斉強制配信すれば、奴のなりすましアクセスを、入り口で一網打尽にして拒絶 (リジェクト)できます!」
研究室の重厚な扉を開け、主駆動輪 (メインコンソール)へと飛び込みながら、ライナスはクロード主任を見上げ、フッと笑った。
「なるほど……」
主任はライナスの提案を頭の中で素早くシミュレートし、険しい顔で返答する。
「そうだな、理論としてはいい考えだ、ライナス。……だが、いつ発動するともわからない敵の攻撃に対処するのに、テストに費やす時間はほとんど無いのが現状だ。ぶっつけ本番で国全体の仕様を書き換えるなんて、本当に可能だろうか?」
主任は真っすぐライナスを見据える。
「迷っている暇は、それこそありませんよ? クロード主任」
寝不足で目の下のクマがいっそう濃く見えるライナスは、不敵な笑みを浮かべた。
「確かに、迷ってる暇はないな」
主任もまた、腹をくくった顔で力強く頷く。
「今日も、本当の意味での『デスマーチ』になりそうですけど……付き合ってくれますよね?」
「もちろんだ。私の設計を複製して裏口を作ったような奴に、これ以上我が物顔で振る舞わせるものか。……全演算リソースを、君の開発に割り当てよう!」
国を揺るがす特級障害を前に、2人のシステム管理者が、今まさに反撃のコードを編み始め、その魔導の糸を紡ぎ出した。




