第36話:遮断された視界と、遠隔の宣戦布告
ライナスの鋭い声と共に、王宮基幹魔導核 (メインサーバー)から溢れ出た青白い魔力の糸が、城内を一括監視する『万象の魔鏡(監視カメラ)』の通信回線へと滑り込んでいく。
それは、現在接続されているリアルタイムの映像に割り込み、ハッキングと同時に裏で記録を開始した「誰もいない静かな廊下」の映像ログを、敵の監視端末へと瞬時に、かつ無限に送り付け続ける(インジェクションする)即席の偽装回路。
映画のキャットインでよくある、監視室のモニターを直前の映像で固定して目を盗むハッキング手法の異世界版だった。
(よし、これで向こうのクラッカーは、お城の職員たちが何事もなく業務をこなしている映像をドヤ顔で見続けているはずだ。……その油断、命取りだぞ)
ライナスは口の周りに執事・ノーマンからの差し入れドーナツの砂糖をつけたまま、冷徹なハッカーの瞳で、王宮基幹魔導核の前に立ち、自らの手を『主駆動輪 (メインコンソール)』へダイレクトに接続した。
「クロード主任、万象魔鏡の偽装維持で、未使用分の予備帯域 (バッファ)から30%を固定します! 残りのリソース、すべてを敵のバックドアの逆探知 (トレース)に回してください!」
「分かった、全演算リソースを通信元追跡へとルーティングする!」
クロード主任が流れるような手さばきで『主駆動輪』を叩く。
ライナスはすぐさま、敵が仕込んできたデータの送信経路を中継地点 (ホップ)ごとに逆探知する術式――『経路追跡陣 (トレースルート)』を起動した。
「波形 (パケット)逆引き開始!……ホップ1、王宮北口の通信中継水晶。ホップ2、下町の魔導電柱を通過。……ホップ3、国境の結界ポートを叩いてる……。中継魔道核 (プロキシ)をいくつも噛ませて、送信経路を複雑に偽装してやがるな……!」
空中を流れる幾何学模様の『魔法陣 (コード)』が、敵の通信が経由している「座標」を一つずつ、ホップごとにピコピコと赤く染めていく。
その様子を、ドーナツをモグモグと頬張りながら見つめていたアルマ殿下が、目を輝かせて身を乗り出した。
「おお……! 敵の尻尾を追いかけているのだな! さすがライナス、まるで目に見えぬ犬が匂いを辿っているようだ!」
「殿下、お口の周りに砂糖がついておりますよ」
カイルさんがため息交じりにハンカチで殿下の口元を拭いつつ、その目は獰猛な近衛隊長のそれへと変わっていた。
「ライナス様、接続元の割り出しの進捗はいかがでしょうか? 私の近衛第三部隊はいつでも出動できます」
「……あと、3ホップ……。ここを抜ければ……。――ロックオン!! 接続元座標(ソースIP)、確定しました! 地図データを展開します……カイルさん、ここ、王都市街の南西にある建物なんですけど……これって何の施設ですか?」
ライナスが空中の光の配列を操作すると、詳細なマップデータが展開された。それを見たカイルさんが、驚愕に眉をひそめる。
「……え!? これは、防衛大臣が多額の寄付を行っている『王立聖マリア魔導医院』……。あそこが接続元 (ソース)ですか!?」
「カイルさん、詳細な座標データをそちらの通信魔道具に転送しました! すぐに部隊の突撃をお願いします!」
「了解です。近衛第三部隊、ただちに指定の魔導医院へ急行せよ!」
カイルさんが通信魔道具へ鋭く怒号を放つ。
(……さて。近衛兵の皆さんが現地に到着するまで、いくら爆速で向かってもおよそ15分ってところか。その間に、敵がデータを消去して逃げ出さないように、こっちからデジタルな『足止め』を喰らわせてやる……!)
ライナスは不敵に笑うと、指先をさらに猛烈な速度で動かし始めた。
狙うは、敵が使っている空間の『投影魔法陣 (インターフェース)』そのもの。逆探知した通信経路をそのまま逆流し、相手の魔導核の制御権を根こそぎ奪い取る特級禁術――。
「『遠隔統御方陣 (リモート・コントロール)』――接続 (コネクト)!!」
◆◆◆
その頃、王都の南西。夜の闇に紛れ、近衛第三部隊が『王立聖マリア魔導医院』の敷地へと隠密に展開していた。
一般の患者が眠る本館を抜け、敷地の奥へと進んだ近衛兵たちは、不自然なほど物々しい警備兵が固める「地下への搬入口」を発見する。
「副隊長、この地下への扉……異様な魔力遮断の結界が張られています。一般の病院の施設ではありません」
「……やはり、ライナス様の示した座標通りだな。――王宮近衛隊だ! 武器を捨てて大人しく降伏しろ。抵抗しなければ、我々とて無駄な争いは好まない!」
隠密を解いたカイルさんの部下たちが、一斉に突撃する!
「な、近衛だと!? なぜここがバレた……!」と慌てる見張りの魔導兵たちが魔力銃 (デバイス)を構えるが、訓練された近衛兵たちは抜いた剣の腹で容赦なくその銃身を叩き落とし、血を流すことなく打撃と組み技で次々と床に叩き伏せていく。
地下への重厚な防壁扉の前へ到達した近衛兵が、王国保有の特殊な魔道具――対象の構成術式を強制分解する銃身を突きつけた。
刹那、強固な防壁が施されていた堅牢な扉が、バチバチと音を立てて一瞬にしてサラサラとした「砂」へと変わり、崩れ落ちた。物理防御の完全強制突破である。
「突入ーーーっ!!」
その扉の奥――防衛大臣が人知れず資金を注ぎ込み、構築させた秘密の「裏・魔導インフラ研究施設」では、無数の不気味な魔導水晶が並び、王宮から不正スクレイピングした膨大な機密データが、滝のような光のログとなって流れ込んでいた。
「ふははは! 素晴らしい! これだけの国家機密データがあれば、我らの計画も成功したも同然だ!」
中央のデスクで、勝ち誇ったように空間の『投影魔法陣』を弾いていたのは、紫のローブをまとった男――防衛大臣お抱えの筆頭魔導師であり、今回の情報漏洩インシデントの主犯の男であった。
その周囲では、数人の助手たちが忙しなく光のコードを弾いてデータの選別を行っている。
「さすがは先生です。あんな形ばかりのインフラを管理しているクロードなど、我が研究会の敵ではありませんな」
「当然だ。あのクロードごときが、この優秀な頭脳に追いつけるはずもない。ましてや、私の構築した裏口 (バックドア)が見抜けるはずが――」
先生が言いかけた、まさにその瞬間。
ガチガチガチガチガチッ!!!
「な、何ごとだ!?」
突然、先生の目の前に浮かんでいた『投影魔法陣』の光の配列が、彼の意志を無視して猛烈な勢いで書き換わり始めた。空間上の魔法陣 (コード)が、まるで生き物のように勝手に動き回り、構築していた防壁魔法陣を次々と消去 (クリーンアップ)していく。
「バカなっ……! 投影魔法陣が勝手に動いている!? 遠隔から操作権(管理者権限)を奪われて……いや、上書き……乗っ取られただとぉっ!!?」
先生が慌てて魔力を込めて光のコードを弾き、抵抗しようとしたが、その術式の最前面に、見たこともない巨大な青い警告の術式陣がドカンと割り込んできた。
『 WARNING:不正アクセスを検知しました。ライナス (管理者)によりシステムをフルコントロール中。』
「な……ラ、ライナス……!?」
先生が驚愕に目を見開いた刹那、部屋の空間のマナが激しく歪み、青白い光の粒子がシュウシュウと音を立てて集まり始めた。突貫で構築された立体ホログラム通信。
光の膜が晴れたそこに現れたのは、椅子に座って温かいハーブティーのカップを優雅に持つ――ライナスの姿だった。
『こんばんは、システムの開発者さん。』
ホログラムのライナスは、冷徹な理系の瞳で先生を見据え、フッと不敵な笑みを深めた。
『あなたの作った裏口、脆弱性 (バグ)だらけで、こちらから侵入するのめちゃくちゃ簡単でしたよ?』
「おのれ……っ、たかが没落貴族の子供が、クロードの犬め! 私の至高の術式を……!!」
『そんなに怒らないでください。……ああ、それと、親切なシステム管理者として1つインフォメーション(通知)です。』
ホログラムのライナスはハーブティーを一口含むと、先生の背後にある、今まさに砂となって崩れ落ちたばかりの入口を指差した。
『今、そちらの扉の前に、うちの物凄く獰猛な近衛第三部隊が到着したところです。――あ、今、物理防御(ファイアウォール・護衛)が解除されましたね。』
紅茶のカップ越しに、悪魔的な笑みを浮かべるライナス。
「なにいっ……!?」
先生がバッと振り返った瞬間、砂の煙を上げて近衛兵たちが一斉になだれ込んできた!
「せ、先生をお守りしろ!」と残った助手たちが慌てて応戦しようとするが、一瞬で組み伏せられ、次々と床へ拘束されていく。
「チッ、ここまでか……! だが、タダで捕まると思うなよ!」
先生は往生際悪く、空間に浮かんでいた端末の『投影魔法陣』へと両手を伸ばした。必死の形相で、空間に浮かぶ緑色の魔法陣 (コード)を指先で激しく弾き、別の隠しウィンドウを高速で呼び出す。
「転移魔法陣、即時実行 (ランタイム・エグゼキューション)!! お前たちの思い通りには――」
先生の体が足元から青い光の粒子となって消えかけ、空間へとスクロールするように、その場から転移脱出を試みる。
だが、ホログラムのライナスだけは、紅茶のカップを持ったままフッと冷たい笑みを浮かべた。
『ですから、システムの制御権(管理者権限)は、もう僕が握っていると言ったはずですよ?』
「な、に……? あ、光の粒子が……消える……っ!?」
実行されるはずの転移術式の魔法陣 (コード)が、先生の指先が触れる直前にパッと赤く反転し、パチッと弾けて消失した。
ライナスが『遠隔統御方陣』経由で、先生の目の前にある魔法陣の構成要素を横から改変し、実行プロセスを強制終了 (キル)したのだ。
「ば、バカな! 術式が強制終了 (タスクキル)されただとっ!? ぐわあああっ!?」
転移に失敗し、空間から弾き出されるように床へと無様に転がった先生。そこへ、一斉に近衛兵たちが容赦なく組み付いた。
「動くな! 国家転覆未遂、および国家機密窃盗の容疑で現行犯逮捕する!」
「くそっ、離せ! 離しやがれ!! クロードの構築したあの広域インフラを、この私がより有意義に、更なる高みを見せてやるというのだ! なぜそれがわからない!? 私の、私の壮大な理想を阻むなァァァーーーっ!!」
床に組み敷かれ、泥水をすするような顔で狂ったように叫ぶ先生。その姿を、通信の向こうから見下ろしていたライナスは、パチパチと小さく拍手を送った。
『はい、現地のインシデント、これにて完全解決です。カイルさん、あとは物理的な事後処理をお願いしますね』
だが――ホログラムのライナスがそう告げた、まさにその瞬間。
カイルさんの手元にある通信魔道具から、地下に突入した副隊長の、切迫した叫び声が響き渡った。
「……っ!?」
勝利を確信していたカイルさんの端正な顔が、一瞬で凍りつく。
『カ、カイル隊長……! トラップ、です……! 捕まえた、男の一人は……最初から、ただのダミー映像 (デコイ)……っ! 仲間内で話していたのも、全て事前に録画された自動応答で――がはっ……!?』
「おい、どうした副隊長! 応答しろ!!」
カイルさんが通信機に怒号を浴びせるが、向こうからは近衛兵たちがバタバタと倒れる音しか聞こえない。
通信の向こうの異様な光景に、研究室の面々は、何が起きているのか訳が分からず混乱するばかりであった。近衛兵は強力な防御結界の魔法陣が施された鎧をまとっているため、そうそう滅多なことでは倒れるはずがないのである。
「ククク……ハハハハ!!」
さっきまで床に組み敷かれていたはずの男の体が、ノイズのように激しくブレ始め、近衛兵の手をすり抜けて光の粒子へと変わっていく。
彼らが必死に押さえつけていたのは、ただの精巧な立体残像 (デコイ)プロセスだった。
誰もいない中央のデスクから、あらかじめ仕込まれていた、本物の主犯の音声だけが不気味に響き渡る。
『実に見事だ、王宮のシステム管理者ども。だが、私の本尊がまだこの場所にあると、いつから錯覚していた?……今回は私の負けだ。だが、このデータは私が持っていく。また会おう、ライナス・フォン・フォール』
バチィィィン!!!と激しい閃光が走り、地下施設のすべての魔導水晶が過負荷で一斉に焼き切れた。
通信は完全に遮断され、ホログラムの光は砂嵐となって消える。
カップを持つライナスの指先が、微かに震えていた。
今までどんなバグも笑顔で一瞬で片付けてきたその顔から、余裕の笑みが完全に消え失せる。
目の前で起きたあまりに未知の特級障害 (インシデント)を前に、ライナスは生まれて初めて、ただ言葉を失って立ち尽くすしかなかった。




